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2018年7月 1日 (日)

言葉の移りゆき(71)

△は格好良いか

 

 新聞は中学3年生が読めるように作られていると聞いたことがあります。政治・経済・文化・その他の専門用語をじゅうぶんに知っているわけではありませんから、あくまでも文章の難易度についての話です。けれども、新聞を読まない若者が増えて、新聞を読む力は低下しているかもしれません。

 一般の大人にとっても、経済面は経済の知識などがなければ読解できない部分があるでしょうし、スポーツや芸術などについても同様だろうと思います。それに対して、社会面などは、格別の深い内容の専門用語や流行語・隠語などを知らなくても読めるように書かれているはずだと思います。

 サッカーのワールドカップを報じる記事にこんな表現がありました。

 

 セネガル戦で同点弾を決めた本田圭佑(32)にも「本田はいらないって言ってごめんなさい」という謝罪や「本田△」を「ほんださん、かっけー」と読ませる称賛の投稿が多く見られた。

 (朝日新聞・大阪本社発行、2018年6月26日・朝刊、13版、32ページ、高野遼、河崎優子、平山亜理)

 

 初めて「本田△」という文字遣いを見た人には、意味がわかったでしょうか。「△」を「さん、かっけー」と読ませていることはわかっても、「かっけー」の意味は理解できたでしょうか。

 私は、NHKラジオの「NHKジャーナル」でこの言葉のことを聞いていましたから、わかりました。「さん、かっけー」の「かっけー」は「かっこいい」の音変化だそうですが、文字からは分かりにくいと思います。このような文字遣いをしている人はどれぐらいの人数に上るのか、また、それを理解できる人はどれほどの人数なのでしょうか。記者はそういうことを考えて、記事を書いているのでしょうか。

 それにしても「本田△」は称賛の文字遣いに見えるでしょうか。「本田◎」と書けば、説明不要の称賛の表現です。「本田〇」よりも「本田△」は下位にあたると理解してもしかたないでしょう。

 「△」を使い始めた人の感覚や、それに追随して使っている人の心理が、いまひとつ私には納得がいかないのです。

 

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