« 言葉の移りゆき(80) | トップページ | 言葉の移りゆき(82) »

2018年7月11日 (水)

言葉の移りゆき(81)

「蛇」という比喩

 

 西日本各地で起こった土砂崩れや河川氾濫は、被害の全容が明らかになるにつれて平成以降では最悪のものになりそうです。「崖崩れ」や「土砂崩れ」という言葉は古いものではなく、古人はそれを「蛇崩れ」と言ったようです。

 『日本国語大辞典』では、『甲陽軍鑑』の「霖(ながあめ)にてじゃ崩して、重宝なる土が必人を殺すは、過てあしき事也」という例文と、『武将感状記』の「折しも二三日雨ふりつづき夜に入りて川岸にわかに崩れて水中におちいる音おびただし。是を俗語に蛇崩と云ふ」という例文とを載せています。堤防(河川)や崖などの土砂が緩んで崩れることです。昔は治山治水が進んでいなかったから「霖(ながあめ)にて」とか、「二三日雨ふりつづき」とかの状況で被害が生じたのでしょう。

 『広辞苑』にも「蛇崩れ」は載っており、〈がけなどの崩れること。また、その崩れた所。山くずれ。〉という説明があります。堤防の決壊よりも山崩れに重点を置いた説明ですが、例文はありません。

 この「蛇崩れ」などを引用した文章に出会いました。

 

 かつて土砂崩れは「蛇崩れ」「蛇落」などと呼ばれた。大きな蛇の出現になぞらえたものだと、歴史学者の磯田道史さんが著書で述べていた。ものすごいスピードで人家に迫り、人間の暮らしをのみ込むさまを表したのだろう

 (朝日新聞・大阪本社発行、2018年7月8日・朝刊、13版●、1ページ、「天声人語」)

 

 筆者の言う「ものすごいスピードで人家に迫り、人間の暮らしをのみ込むさま」を蛇に喩えたというのは理解できます。けれども「蛇崩れ」という言葉を、私はちょっと違った感じ取り方をしています。の

 昔の川は「蛇行(だこう)」しているのが常でした。また、平地と山(や丘や崖)との境界線も一直線ではありません。私は「蛇」という比喩から、くねくねと曲がって連なっている線のことを思い浮かべてしまいます。その曲がりくねった形をしている河川や崖などが崩れることを「蛇崩(じゃくず)れ」「蛇落(じゃらく)」と言ったのではないでしょうか。

 もっとも、磯田道史さんがどの著書で述べているのか書かれていませんから、さしあたっては調べようがありません。その著書の何ページに書かれているのかはともかくも、せめて著書名ぐらいは書いておくのが親切というものだと思います。

 「蛇落」という言葉は『日本国語大辞典』にも『広辞苑』にも載っていません。この言葉を調べてみたいという欲求が生じましたが、今のところ、手がかりはありません。

|

« 言葉の移りゆき(80) | トップページ | 言葉の移りゆき(82) »