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2018年7月15日 (日)

言葉の移りゆき(85)

坊さんが屁をこいた

 

 「ぼ・ん・さ・ん・が・へ・を・こ・い・た」。綺麗な言葉ではありませんが便利な言葉です。例えば、ビー玉が100個近くある場合、その個数を数えるのに、子どもたちはこの言葉を使いました。何回か繰り返して唱えて、数えていきます。

 一つを一音ずつで発音しますから、「いち・に・さん・し・……」と数えるよりも少しは速く数えられます。別に急いで数える必要がなくても、この言葉をよく使いました。しかも、坊さんが屁をこいた、という驚くような内容の言葉ですから、楽しみながら数えていけます。私たちが子どもの頃の言葉ですから、もう消えてしまっている言葉かもしれません。

 一字一音での読み方には「ひ・ふ・み・よ・い・む・な・や・こ・と」もありましたが、これは「ぼ・ん・さ・ん……」を唱えるのをはばかる女の子たちが使っていたようにも思います。

 さて、こんな文章を読みました。

 

 幼い子どもに、ぼうやはいくつ? と歳をたずねると、以前は、みっつ、とあどけない言葉がかえってきたものだ。だが、今では、三歳という言葉がかえってくる。ひ、ふ、み、よ、という言葉と、いち、に、さん、しとどちらが美しいひびきを持っているかと問えば、その答えは自ずから明らかだろう。

 (中央公論新社編『わたしの「もったいない語」辞典』、2018年1月25日発行、中央公論新社〔中公文庫〕、240241ページ、「ひ、ふ、み、よ、」、小川英晴)

 

 言葉は、伝達の機能を果たせばこと足れりというわけではありますまい。「ひ・ふ・み・よ…」の美しく滑らかな響きを快く感じる心も大切ですし、言葉を使うことを楽しむ気持ちも大切だと思います。

 テレビのニュースなどで、小学生にインタビューしているのを見ると、大人が使うような漢語が飛び出してきて、驚くことがあります。かつての子どもたちよりも高度な言葉を身に付けていると感心すべきか、大人びた言葉遣いの陰に純朴さが失われていると嘆くべきか。言葉はその年齢にふさわしい言葉遣いをしながら、ゆっくり少しずつ育っていってほしいと願わないではおれません。

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