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2018年7月18日 (水)

言葉の移りゆき(88)

「半端ない」という言葉の意味・用法

 

 「半端」という言葉には、名詞としての使い方と、形容動詞としての使い方とがあります。一般的な意味は、ある基準でまとめた数量や種類などがきちんと揃っていないということです。半端物と言えばあまり望ましい品物ではありませんし、半端な時間は扱いに困ることになるかもしれません。中途半端という言葉からもわかるように、どっちつかずではっきりしないという意味で使うこともあります。気が利かなく間が抜けているという意味で使うこともあります。いずれにしても、あまり歓迎すべからざる内容です。

 「半端ない」は、それを打ち消した言葉ですから、きちんと揃っている、はっきりしている、気が利いている、という意味でしょう。

 すなわち、サッカーの試合で使われた場合は、実力が見事にそなわっている、、能力のあることがはっきりしている、対応力がついている、という意味なのでしょう。それらを合わせると、並みの選手の持ち合わせていないものを、見事にそなえた選手だということを称えた言葉であるのでしょう。

 そこから、意味が拡大していくようです。前回(87)に引用した「手がける企画の数が半端ない」は、数のことですから、多いという意味になっているようです。けれども、並はずれたということでは共通しているようです。

 この「半端ない」は、「半端」が無いと言っているのではないでしょうから名詞としての使い方ではありません。半端でないということでしょうから、「半端だ」という形容動詞の使い方です。

 名詞の用法ならば「半端・ない」という言い方は許容できますが、形容動詞の用法で「半端で・ない」の活用語尾「で」を省くのはちょっと乱暴なようにも見えます。

 けれども、名詞・形容動詞の両方の働きをそなえた言葉「元気」と比べて考えてみますと、体力を消耗したり、気力が落ち込んだりしている様子を「元気ない」と言いますから、あながち破格の用法でもないような気がしてきます。

 と、ここまで書いてきても、私の胸の中では、「半端ない」という言葉の意味・用法をすんなりとは受け入れたくないという気持ちが残っています。

 それは、前回(87)に引用したように、この言葉の原点が滝川二という播磨地域の学校であることと関係があるのですが、それは次回に述べることにします。

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