« 言葉の移りゆき(89) | トップページ | 言葉の移りゆき(91) »

2018年7月20日 (金)

言葉の移りゆき(90)

「話す」という語義の広がり

 

 言葉の生活では「話す」「聞く」「書く」「読む」の4つの活動をしていると言われますが、その4つは対等の重さを持つものではないようです。1日中の言葉の運用を振り返って、その4つの活動のどれが多いかと尋ねると、個人個人によって答えは違ってくるだろうと思います。

 けれども、いま話題としたいのは、語義の範囲としての「話す」です。「聞く」は聞くことに限定され、「読む」は読むことに限定されるかもしれませんが、「話す」というのは言語活動の広い範囲のことを意味しているように思えるのです。

 例えば、「あなたは英語を話せますか」という質問は、「話す」ことに限定してはいないと思います。話したり聞いたりする力がありますか、もっと広げると、書いたり読んだりする力も備えていますか、と尋ねられているようです。答える側もそれらの力を総合して考えて、「話せます」とか「少ししか話せません」と答えるはずです。

 また例えば、紛糾している問題に「話をつける」と言いますが、それは言葉を使って議論や調整を尽くして、決着をつけるということでしょう。話すことも聞くことも書くことも読むことも含めて、互いに交渉力を発揮しているはずです。

 つまり、「話す」ということの語義、「話をする」ということの語義は、話す、聞く、書く、読むという活動のすべてを包括しているように思えます。

 次のような記事を読みました。

 

 「最近、彼女とはLINEでしか話してないからなあ」

 電車を待っているホームで、耳に飛び込んできた会話の一節。電話機能もあるのでそのことかと思いきや、「いまLINEしてみるわ」と、文字を入力し始めた。

 リアルタイムのやりとりは、まさに文字でおしゃべりする感覚。雑談とかおしゃべりという意味のチャット(chat)ということばがぴったりだ。「メールで話す」とは言わない。「LINEで話す」はこの感覚の違いを表現しているんだな、と思いつつ電車に乗り込んだ。

 (朝日新聞・大阪本社発行、2018年4月25日・夕刊、3版、7ページ、「ことばのたまゆら」、前田安正)

 

 LINEで「話す」というのはおかしいだろう、LINEに「書く」だろう、という意見もあるでしょう。上の文章の筆者は〈「メールで話す」とは言わない。〉と述べています。

 けれども、LINEであろうとメールであろうと、言葉で何かを伝え、その返信を受けることを広義の「話す」と言ってもおかしくないでしょう。

 科学技術の発達によって、現在とはちがう伝達手段も出現してくるでしょうが、言葉を交わし合うことはすべて「話す」ことの範疇に含まれてしまうのではないでしょうか。ただ、残念なのは、狭義の「話す」ことが少なくなり、「打つ(書く)」や「見る(読む)」だけで意思疎通がなされるのは残念なことです。リアルに「話す」ことが減少し、「リアル」などという言葉が、珍しい現象を指すかのように使われ始めている今、科学技術の行き過ぎに歯止めをかけなければならないと、人々は気づかなければなりません。

 

|

« 言葉の移りゆき(89) | トップページ | 言葉の移りゆき(91) »