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2018年8月15日 (水)

言葉の移りゆき(116)

「くさい」という言葉の複合語

 

 「くさい」という形容詞は、鼻について嫌なにおいがするということが主な意味です。

 けれども、複合語として使う場合は、「焦げくさい」はにおいに関する言葉ですが、「邪魔くさい」「面倒くさい」「古くさい」「陰気くさい」となると、においのことではなくなります。それらに共通するのは、いかにもそれらしい感じがする、という意味でしょう。けれども、嫌な感じであることには変わりがありません。

 例えば、「おじんくさい」とか「年寄りくさい」とかは、老臭がするという意味よりは、老人っぽい行動や仕草や、ものの考え方などを指しているように思います。においのことに限定する場合は、「おじんくさい臭いがする」「年寄りくさい臭いがする」と表現するのが、私にとっての日常語の世界です。

 こんな記事を見ました。

 

 小6の娘から「パパったら何だかパパくさい」と言われるのだ、と40歳代後半の同僚が話す。「パパくさい」のアクセントが「低高高高低」なのだとか。ここにえも言われぬ残念さがあるような……。 …(中略)

 「くさい」には「いやなにおい」だけでなく、「いかにもそれらしい雰囲気がしていやな感じがする」という意味もある。もしかしたらオヤジくさいは、においだけではなく、その「生態」によるところ大かもしれない。「パパくさい」と可愛く言われているうちが花かもしれないね。

 (朝日新聞・大阪本社発行、2018年7月18日・夕刊、3版、7ページ、「ことばのたまゆら」、前田安正)

 

 「パパくさい」も、私の日常語の感覚から言えば、(子どもの世界から離れて)いかにも父親っぽい言動などをしている、という意味です。記事で言うところの「生態」です。複合語として使われる場合は、「パパくさい」をにおいのことに限定する必要はないと思います。

 言葉の変化(変遷)を考えてみます。もともとは、「パパ」と「くさい」が別の言葉として使われて「パパは、くさい」であったのでしよう。この場合の「くさい」はにおいのことです。それが短く「パパ、くさい」となり、さらに短く(塾合して)、複合語としての「パパくさい」になったのではないでしょうか。

 このように考えなければ、「パパくさい」という複合語がにおいに限定して使われるということが説明できないように思えるのです。

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