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2018年9月 7日 (金)

言葉の移りゆき(139)

「ほぼほぼ」と「半端ない」

 

 私の日常語では、「ビールの缶」や「鯖の缶(缶詰)」を、ビールのカンカンと言い、鯖のカンカンと言います。使用頻度はほぼ半々と言ってよいでしょうか。

 だから、自分では使ったことがない「ほぼほぼ」という言葉の話題を読んだときにも、大きな違和感はありませんでした。

 

 「ほぼほぼ」という言い方、あなたは使いますか。「ほぼ」を強調した言い方です。ここ数年で、特によく耳にするようになりました。

 知人で、この言い方が絶対に許せないという人がいます。一方、優秀な校閲者が口頭で「ほぼほぼ」を使うのを聞き、「定着したな」と感慨を持ったこともあります。

 (朝日新聞・大阪本社発行、2018年6月30日・朝刊、be3ページ、「街のB級言葉図鑑」、飯間浩明)

 

 「缶」とカンカンのどちらも使うように、「ほぼ」と「ほぼほぼ」も同じように使っても抵抗感はありません。

 すぐに思い浮かべたのは、「是非」を強調するときに「ぜひぜひお願いします」と言うのと同様かと思ったのです。「ぜひに、ぜひにお願いします」と言えば、同じ言葉を2回使ったことになりますが、「ぜひぜひ」は1語と見なしてもよいでしょう。「さても、さても不思議な話だ」と言えば2語ですが、「さてさて」は1語と見ることができます。

 2音節の言葉にはそのような使い方があるということが基盤になって「ほぼほぼ」が広がったと見て良いでしょう。

 ただし、そのような使い方のできる言葉は限られたものでしょう。「瓶」をビンビンとは言いませんし、「もうすぐ来るでしょう」と言うときの「もう」を「もうもう」と言ったりはしないでしょう。

 この「ほぼほぼ」が、同じ飯間さんから、再び話題として提供されている記事がありました。

 

 一昨年に一気に浸透した『ほぼほぼ』は、実は前からある言葉ですが、連載コラムで取り上げると反響が半端なく、大半が『気持ち悪い』など否定派でした。面白かったのは50代の男性から、小学生の娘に『ほぼ』とのニュアンスの違いを聞いたら『ほぼほぼ』しか聞いたことがないと言われた、というお便りがきたことです。そのうち『ほぼ』を古くさい、と感じる人が多くなるかもしれません

 (朝日新聞・大阪本社発行、2018年8月29日・朝刊、10版、11ページ、「オピニオン&フォーラム」。飯間浩明さんへのインタビュー記事、聞き手は中島鉄郎)

 

 面白いと思ったのは、前の記事で〈優秀な校閲者が口頭で「ほぼほぼ」を使うのを聞き、「定着したな」と感慨を持ったこともあります。〉とありますが、後ろの記事で〈連載コラムで取り上げると反響が半端なく、〉とあります。「ほぼほぼ」は容認してもよいと考えている私ですが、「半端ない」は断じて認めたくはありません。けれども、国語辞典の編纂者が「半端ない」をお使いになるのだから、この言葉遣いも既に定着してしまったのだなぁと思いました。

 この長文のインタビュー記事の見出しに〈日本語は「半端ない」?〉と大きく書かれているのですが、日本語が半端ないというのはどういう意味なのでしょうか。反響が「半端ない」というのは理解できても、日本語が「半端ない」というのは、まったく理解できません。「半端ない」という言葉の意味が拡大し続けているのでしょうか。

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