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2018年9月14日 (金)

言葉の移りゆき(146)

机や椅子の具合は自分で確かめろ

 

 何にでも「大丈夫」を使う若者言葉について、面白い報告を読みました。朝日新聞の「いわせてもらお」という投稿欄です。

 

 ある研修会に出席し、資料を読んでいると「大丈夫ですか」と声が。はて、具合でも悪そうに見えたかなと思っていたら、「隣に座っていいか」との意味だった。若者言葉では「いいですか」も「いりません」も大丈夫、というらしい。それって本当に、大丈夫か?

 

 単に「大丈夫ですか」だけでなく、「そちらの席、大丈夫ですか」と言われることもあります。誰かの荷物などが置かれていないのなら、空席だから座ってよいはずです。「大丈夫ですか」にはほとんど意味が無く、隣に座らせてもらいますという挨拶にすぎないと思いますが、それにしては大げさな言葉だと思います。

 「はて、具合でも悪そうに見えたかな」という思いを持つのが当然でしょう。救命救急の実技研修でも、倒れている人にかける第一声は「大丈夫ですか」だと教えられました。

 投稿のような状況ならば、隣の席の机や椅子が大丈夫(壊れていない)かどうかは、自分の目で確かめて座りたまえ、と言いたくなります。

 注文した料理を運んできて並べて、「これで大丈夫ですか」と確かめられることがあります。注文した料理が過不足ないかどうかを確かめるのは、係員の役割だろうと言いたくなります。食べても大丈夫かどうかと思うような料理は提供してはいけないから、客に「大丈夫か」と聞くまでもないことだと怒鳴りたくもなります。

 そもそも、こういう場合になぜ「大丈夫」が使われるようになったのでしょうか。「これでよろしいか」の「よろしい」を、すこし大がかりな言い方にしたのが「大丈夫」ではないでしょうか。これで敬意が高まったとでも思っているのでしょうか。

 隣の席(に座って)よろしいでしょうか、お料理(は、これですべてで)よろしいでしょうか。それが「大丈夫」に格上げされたように感じるのです。何だかちぐはぐな、店員教育用のマニュアル言葉が、社会全体に広がってしまったような印象を受けます。こんな日本語の使い方が「大丈夫」であるはずがありません。

 

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