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2018年9月18日 (火)

言葉の移りゆき(150)

台風でハウスがめげた

 

 関西では、壊すことを「めぐ」、壊れることを「めげる」と言います。「ボールでガラスをめんだ」とか、「台風で看板がめげた」とか言います

 共通語では、気持ちがくじける、元気がなくなる、ということを「めげる」と言いますが、関西では、そのような場合に「めげる」と言うことは少なく、他の表現、例えば「しょぼんとする」「やる気が失せる」などと言います。

 台風21号によって大阪・泉州の水茄子が大きな被害を受けたという記事がありました。

 

 数百万円の損失だけでなく、ハウス修理に約1千万円はかかりそうだという。「一生懸命に育ててきたし、お客さんも楽しみにしてくれていた。自然は怖いが、めげたら終わり。これからも頑張って泉州の名産を守っていく」

 (朝日新聞・大阪本社発行、2018年9月11日・夕刊、3版、1ページ、岡田匠)

 

 この文章を読んだとき、記者は関西の出身か、首都圏(または他の地域)の出身か、ということが気になりました。記事のカッコ内の文章はおかしな言い方ではありません。論理は通っています。

 けれども、新聞記事で一続きのカギカッコの文章として書かれている内容は、いくつかの発言を集めて、組み立てられているかもしれません。

 ふと、こんなことを考えました。記者が何かの質問をしたとき、水茄子農家の人が「めげたら終わりや」と短くつぶやいたとします。その言葉を聞いたとき、関西人なら、ハウスがめげたら(壊れたら)栽培してきた努力は終わり(大打撃)だ、という意味に受け取ります。

 同じ言葉を首都圏の人が聞いたら、気持ちを滅入らせる(めげる)ことをしたら、栽培することが終わりになる(復活する気持ちがなくなる)、と聞こえるかもしれません。そして、「これからも頑張って泉州の名産を守っていく」という決意であると判断するのです。

 関西人が、気持ちがくじけることを、日常的に「めげる」と言うことがあるのかなぁという疑問の気持ちから、こんなことを考えました。

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