« 言葉の移りゆき(153) | トップページ | 言葉の移りゆき(155) »

2018年9月22日 (土)

言葉の移りゆき(154)

「奥が深い」は逃げの言葉?

 

 言葉の意味はわかっていても、その使い方が異なると、何ともいたたまれないような気持ちになることがあります。

 「奥が深い」というのは、物事や考えなどに、計り知れないような深さや趣があるということを表す言葉です。芸術や学問やスポーツや科学技術など、奥の深い世界はさまざまに広がっています。

 けれども、私は、この言葉をそれらの世界やそれに携わる人たちなどを誉め称えたり、驚嘆したりするときに使う言葉だと思っていました。

 だから、次の文章を読んだときには、ただただ驚くしかありませんでした。「奥が深い」という言葉が、その話題から逃げるために使われているというのです。そんなことを感じたことはありませんし、私の周囲でそのような使い方をしている例を知らなかったからです。早稲田大学の笹原宏之教授について書かれた文章です。

 

 あるテレビの取材を受けて、漢字の最新研究について5分程度話した。ディレクターはしばらく沈黙し、そして一言。「漢字って奥が深いんですね」。このとき「話したことが、何も伝わらなかったのか、という敗北感を味わった」と言う。 …(中略)

 話の内容がよくわからなかったときに、「奥が深い」という常套句を使ってうまい感じでまとめるのは、思考停止ではないのか、と思うようになった。

 笹原ゼミでは「奥が深い」ということばに逃げないよう徹底している。 …(中略)

 しかし、「奥が深い」を、一律に禁句とすることもまた「殻をつくって、思考停止になっていることに気づいた」と笹原教授。

 (朝日新聞・大阪本社発行、2018年9月12日・夕刊、3版、5ページ、「ことばのたまゆら」、前田安正)

 

 話の内容がよくわからなかったら、「奥が深い」と感じることはできません。理解できないのに「奥が深い」という言葉を使う人がいるでしょうか。いたとしても、そんな人は例外の存在でしょう。

 話の結末を、常套句を使ってうまい感じでまとめようとする人はいるでしょうが、「奥が深い」をその常套句とする人はいるでしょうか。本当に奥が深いと感じた人は、その言葉を使うでしょうが、話を終わらせる(話から逃げる)ためにこの言葉を使うとは、にわかには信じられません。

 ゼミでは「奥が深い」という言葉に逃げないよう徹底していると述べられていますが、自分が話している内容を「奥が深い」と言って話を打ち切ろうとすることは、まず考えられません。他人の発言にそんな言葉を使って、その場を打ち切ろうとしても、ゼミは継続して行われるものですから、何の役にも立たないはずです。

 「奥が深い」という言葉は、思考停止というようなレベルに関わるものではなく、もっと素直に感じ取るべき言葉であると思うのです。

|

« 言葉の移りゆき(153) | トップページ | 言葉の移りゆき(155) »