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2018年10月 8日 (月)

言葉の移りゆき(170)

排他的な「陣」、安易な取材

 

 見るたびに、嫌な思いになる言葉があります。「報道陣」という言葉です。

 

 7月の西日本豪雨の影響で一部の区間を除いて運転を見合わせているJR芸備線について、JR西日本は5日、広島市安佐北区白木町で、鉄橋から川の中に落ちたレールを撤去する復旧作業を報道陣に公開した。

 (朝日新聞・大阪本社発行、2018年9月5日・夕刊、3版、8ページ)

 

 「陣」というのは戦いに関係のある言葉です。古風で好戦的な言葉を誰が使い始めて、どのように広がっていったのかは知りませんが、使ってほしくない言葉です。報道関係者自身が使い始めた言葉だろうと推測しますが、確証はありません。

 「陣」という言葉は、その中に含まれる人と、そうでない人とをきちんと区別します。「報道陣」というのは、排他的な言葉です。我々だけが取材する権利を持っているとか、我々だけがその場に参加できるとか、の意識が無いとは言えないでしょう。一般人よ、そこ退け、そこ退け、新聞・放送が通る、という感じに満ち満ちています。

 復旧作業が行われている場所は、誰にでも見える場所でしょう。ところが「報道陣」にだけ近寄れる特権が与えられているのでしょう。

 この記事は、スポーツの試合記事と酷似しています。試合場へ行けば記事にする出来事が起こるのと同様に、公開された工事現場へ行けば記事にする材料が与えられるのです。係員が説明してくれるでしょうし、写真の良いアングルも与えられるでしょう。そして、有り難いことに一般人は立入禁止です。記者は汗をかかなくても済みます。

 復旧作業を公開するという日程が通知されたら、その日に行けばよいのです。普段から取材を重ねなくても、その日だけで記事が書けるのです。JR(や、報道陣だけへの公開を企画する会社など)は、「報道陣」に対して過保護であると思います。

 取材を受ける側と、取材をする側との関係が、持ちつ持たれつになっていることを「報道陣」という言葉は、端的に表していると思います。「一般公開に先立って」報道陣を招待したり、「普段は未公開であるところを」報道陣に見せたりする恩恵に慣れてしまったら、記事を書く筆先は、相手に配慮して、鋭さが失われるかもしれません。もちろん、この「相手」とは、読者のことではありません。

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