« 言葉の移りゆき(171) | トップページ | 言葉の移りゆき(173) »

2018年10月10日 (水)

言葉の移りゆき(172)

「民泊」という言葉の誤った解釈

 

 東京オリンピックが近づいたり、外国人旅行客が増えたりして、民泊ビジネスのことが話題になっています。民泊の是非の問題ではなく、「民泊」という言葉そのものについて書かれた文章に目がとまりました。

 

 「泊」という漢字は動詞だ。だから民泊は「民が泊まる」あるいは「泊まる民」と読める。旅館・民宿などとは違い、宿泊施設の名称としては、かなり据わりが悪い。辞書には「民家に泊まること」とある。やはり泊まるという行為が中心のことばだ。

 (朝日新聞・大阪本社発行、201810月3日・夕刊、3版、5ページ、「ことばのたまゆら」、前田安正)

 

 引用したのはわずか100字余りの文章です。この文章には、間違いがたくさん含まれています。言葉に関する専門知識を披瀝するかのような装いであるのに、間違ったことを世間に広める役割を持ったコラムであるようです。平気な顔をして、堂々と主張されては困ります。あまりにも悪質なコラムです。

 

 まず、〈「泊」という漢字は動詞だ〉という認識は間違っています。漢字に品詞が設定されているのではありません。「泊まる」と読めば動詞ですが、「泊」を使った熟語の「宿泊」や「停泊」は名詞です。サ行変格活用動詞の「宿泊する」にすれば動詞になります。

 

 民泊は、「民が泊まる」という主語-述語の関係に読むことはできますが、「泊まる民」とは読めません。「泊まる民」という修飾語-被修飾語の関係にするのならば「泊民」という語順にしなければなりません。「泊民」の語順ならば、「民を泊める」という読み方も可能になります。「民泊」の語順では、「泊まる民」とは絶対に読めません。間違ったことを主張されては困ります。

 

 民泊のことを〈宿泊施設の名称としては、かなり据わりが悪い〉と述べていますが、民泊は宿泊施設の名称でしょうか。宿泊の形態を示す言葉ではないでしょうか。〈辞書には「民家に泊まること」とある〉と書いているとおりです。辞書の記述は、宿泊施設の名称だと言っていないのに、誤解・曲解に基づいた文章を書いてはいけません。

 

 このコラムの文章は、社内の人が読んで、校正や校閲をしたのでしょうか。その形跡が感じられません。中学生・高校生であっても、容易に間違いを指摘できると思います。間違ったことを書いて、校正や校閲が行われていない文章を新聞に載せることはやめてください。

 驚くことがあります。この文章の筆者の肩書きです。ずいぶん長いのですが、「朝日新聞メディアプロダクション校閲事業部長/ことばの場『マジ文ラボ』主宰」とあります。校閲の専門家のようです。だから、この人の書いた文章を信頼して、社内の誰もが校閲をしなかったのかもしれません。

 間違いを間違いと認めて、読者に陳謝・訂正をしなければなりません。このコラムの誤りにどのように対処されるのか、今後の紙面に注目したいと思います。

 なお、「民泊」という言葉について、わたしの考えなどは次回に書くことにします。

|

« 言葉の移りゆき(171) | トップページ | 言葉の移りゆき(173) »