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2018年10月13日 (土)

言葉の移りゆき(175)

「配慮」という言葉の使い方

 

 「配慮」というのは、よく考えて心を配ること、心遣いをすることです。言葉にとって大切なのは、意味とともに用法です。

 例えば、「安全に配慮する」というのは、安全でないような状況を周囲に及ぼしそうな側が使う言葉です。今にも危険な状態に陥りそうな側が「安全に配慮する」とは使わないでしょう。

 力を持っている側と、力のない側。害を与える側と、害を受ける側。普通の状況をうち破る側と、普通の状況をうち破られる側。そのように対比してみると、「配慮」をするのは、前者(力を持っている側、害を与える側、普通の状況をうち破る側)の方でしょう。

 こんな記事がありました。

 

 2020年東京五輪のテスト大会の第1弾となるセーリングのワールドカップ(W杯)江の島大会の競技が11日、神奈川県の相模湾で始まった。国際大会の大型イベントで、五輪本番での問題点を洗い出していくのがテスト大会の目的だ。今大会では地元名物のシラスの漁場などになるべく影響が出ないよう、配慮がされてのスタートとなった。 …(中略)

 大会組織委の内田拓也・地方会場調整担当部長は「コース設定に関しては、(シラス漁などに)十分に配慮した形になっているのではないか」と話す。

 (朝日新聞・大阪本社発行、2018年9月11日・夕刊、3版、7ページ)

 

 リード文にある「配慮がされてのスタート」という表現は、地方会場調整担当部長の「十分に配慮した形」というコメントに基づいて書かれているように思います。

 シラス漁をしているのは、それを生活としている人たちです。その場所へセーリング競技が割り込んできたのです。

 大会組織委員会が「配慮する」と言うのは、大会を運営する側が、普通の生活をしている人たちの状況を破って、その人たちに害を与えると認識しているのですが、その前提にあるのは、組織委員会が、力を持っている側に立っているという認識でしょう。大会のために、漁場の一部を使わせてもらうということではないのです。大会運営に際しては漁業のことにも「配慮してやる」という意識を持っているということがあらわれています。つまり、五輪を絶対的な力で開催して、影響を受けそうな住民(生活者)には「配慮」をしてやるのです。

 そこのけそこのけ五輪が通る、という姿勢が、ちょっとした言葉遣いにも露呈してしまっているように感じられます。

 

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