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2018年10月23日 (火)

言葉の移りゆき(185)

「絶対」と「万全」

 

 「絶対」ほど、その意味と実態とが遊離している言葉はないでしょう。そんなことはわかっているつもりでも、この言葉に騙されてしまうことがあります。

 騙される側も気を付けなくてはなりませんが、騙す側の方こそ罪深いものです。だから規制する必要があるのでしょう。こんな記事がありました。

 

 医療機関のウェブサイト上の表現が「広告」として規制される。「絶対安全な手術」といった虚偽の内容は罰則つきで禁止され、患者の体験談や未承認薬を使う治療の紹介も原則禁じられる。

 (朝日新聞・大阪本社発行、2018年5月1日・夕刊、3版、1ページ、阿部彰芳)

 

 ウェブは患者が自ら検索して閲覧するため、これまで広告と位置づけておらず、美容外科のウェブを中心に「絶対安全」など、虚偽や誇大な宣伝文句が横行してきた。昨年改正された医療法や省令で、ウェブサイトを広告と位置づけ、虚偽や誇大な表現を禁止するなど規制を強化する。

 (毎日新聞・大阪本社発行、2018年5月30日・夕刊、3版、11ページ、熊谷豪)

 

 どういう場合でも必ずそうであるという意味の「絶対」は、理論上は言えても、現実社会ではありえないことでしょう。

 「絶対」と共通するような要素を持った言葉に「万全」があります。

 来年10月の消費税率10%への引き上げについて、テレビのニュースを見ていると、景気の落ち込みを防ぐ経済対策の策定などについて、首相自身の口から「万全の対策を指示した」という言葉が語られて、放送ではやむをえず、そのまま流しています。それに対して、新聞は「万全」という言葉を、受け売りの形で伝えていません。「万全」などという空虚な言葉は、「絶対」と同様に、宣伝文句に過ぎないことがわかっているからでしょう。

 「全国津々浦々に」幸せが届くかのように述べた言葉が幻想であったように、「万全な対策」などあろうはずはないと、人々は信じて疑わないでしょう。政治の世界の言葉は、「9」割引か、「90%」オフか、「9割9分9厘」カットで考えないといけないのでしょう。

 記事にあるように、商業的な「広告」は規制されるのですが、政治の言葉は言いたい放題で、規制の対象にはなりません。結果的に嘘であっても、残念ながら、とがめることはできないのです。

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