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2018年11月16日 (金)

言葉の移りゆき(209)

形容詞の語幹の用法

 

 「っぽい」という接尾語があります。さまざまな言葉に付いて形容詞を作ります。名詞に付いて「子供っぽい」とか「男っぽい」、動詞に付いて「飽きっぽい」とか「忘れっぽい」、形容詞や形容動詞に付いて「安っぽい」とか「派手っぽい」となります。

 こんな文章に出会いました。

 

 最近のファッション誌で目にした「女っぽ」という見出しへの違和感でした。何か共通の女性像をおしつけられているんじゃないか? 「女っぽ()」の変化が気になり、同じ雑誌の10年前と最新号を比べてみることにしました。 …(中略)

 当初、「女っぽ」に違和感を覚えた私ですが、この変化が「男ウケ」だけを考えるより女性の自立につながるのなら、アリかなとも思いました。

 10年後のファッション誌には「女っぽ」の代わりに「自分っぽ」という見出しが踊っていたらいいなと、期待しています。

 (朝日新聞・大阪本社発行、20181020日・夕刊、3版、2ページ、関ゆみん)

 

 私は〈「女っぽ」という見出しへの違和感〉でなく、「女っぽ」という言葉に違和感を持ちます。これはファッション誌が使い始めたのか、それとも別の出自があるのか、わかりません。

 形容詞や形容動詞の語幹は、「あっ、熱(あつ)」、「おお、寒(さむ)」、「まあ、綺麗(きれい)」などと言って、とっさの気持ちや感動を表現することがあります。これはごく自然な用法です。

 「女っぽ」も詠嘆的な表現なのでしょうか。それとも、記事にあるように「女っぽさ」という名詞の「さ」を省いたものなのでしょうか。どうも落ち着きのない言葉のように感じられます。

 この「女っぽ」は、「男っぽ」「自分っぽ」「現代人っぽ」などというように増殖しているのでしょうか。

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