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2018年11月18日 (日)

言葉の移りゆき(211)

「とてもそう思う」という不思議な日本語

 

 大学入学共通テストで導入される記述式問題は、採点に時間がかかるのは当然のことです。大学に成績が提供されるまでの時間も、現行の大学入試センター試験に比べて増えるのは当然のことです。時間がかかるから止めましょうとか、経費が増えるから導入しないでおきましょうとか、教育とは関わりのないことを理由にして、本末転倒の議論が噴出するかもしれません。

 さて、ここでは、そのような問題ではありませんが、記事の中に不思議な日本語を見つけました。

 

 朝日新聞と河合塾の共同調査「ひらく 日本の大学」で今夏、全国691大学の入試担当者に「大学への成績提供が遅くなる」かを聞いたところ、82%が「とてもそう思う」「そう思う」と回答した。

 (朝日新聞・大阪本社発行、20181116日・朝刊、13版、6ページ、「教えて! 変わる大学入試③」、増谷文生)

 

 「そう思う」という言い方に問題はありません。ところが、「とてもそう思う」という言い方には、新聞社が関係するアンケート調査の回答項目の言葉としては唖然としてしまいます。意味は理解できますが、「とてもそう思う」などという日本語は存在するのでしょうか。

 「とても」は副詞です。程度が甚だしいさまを表します。「とても」は「そう」を修飾しているのでしょうか。それとも、「思う」を修飾しているのでしょうか。「とても・そう」などという言葉はありませんし、「とても・思う」もおかしな表現です。考えられることは、「そう思う」という連文節を、「とても」が強めているという解釈しかできません。それにしても、「思う」の程度が甚だしいというのは、どういうことでしょうか。「強くそう思う」という日本語は成り立ちますが、「とてもそう思う」という日本語は、あり得ないと思います。

 「とても」を使った言葉遣いの大半は、「とても・熱い」「とても・素晴らしい」というように形容詞にかかる場合、「とても・元気だ」のように形容動詞にかかる場合、「とても・大きな・人」のように連体詞にかかる場合などです。動詞にかかることもありますが、それは「とても・よく・効く」などのように影響力が強いことを表します。

 「とても・思う」などという不思議な日本語はありません。こんな日本語を見せつけられていると、日本語の感覚が麻痺して、こんな日本語を許容してしまう人が増えていくに違いありません。新聞社がそれを牽引しているのです。

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