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2018年12月 2日 (日)

言葉の移りゆき(225)

「下駄を履かす」という表現も死語への道をたどるか

 

 それを表す事物がなくなると、言葉の意味がわからなくなって消えていくことになります。たどん(炭団)、いっしょうます(一升枡)などが、その例です。したがって、「たどんのように日焼けしている」などというような比喩表現が理解できなくなります。

 げた(下駄)という言葉も、「げたを履かせる」という表現も、その運命にあるのかもしれません。

 さて、こんな文章に出会いました。

 

 大学医学部の入試をめぐり、女子の受験生が一律減点されていた問題が発覚しました。公正であるべき入試をないがしろにする行為について、天声人語は「見えないゲタを男子全員にはかせていた」と書きました。

 「げたを履かせる」は「本来の数量にある数量を加えて、全体の数量を実際より多く見せる」(大辞林)との意味です。

 (朝日新聞・大阪本社発行、20181128日・朝刊、10版、13ページ、「ことばの広場 校閲センターから」、西光俊)

 

 「ゲタをはかせる」の本来の意味が理解されなくなりつつあるのかもしれません。大辞林の説明は正しいのですが、天声人語の表現は、完全に正しいのでしょうか。疑問が残ります。

 例えば期末試験をして、ひとりひとりの得点が予想外に低いとき、それでは成績評価が全体に低くなってしまうという事態を懸念して、全員の得点に10点ずつ加点するという措置を取るとします。こういう場合こそ、「ゲタを履かせる」という言葉に合致すると思います。

 女子の受験生を減点していたことが、すぐさま「ゲタを男子全員にはかせていた」ということになるのでしょうか。表裏一体であることは間違いありませんが、もしかしたら、「(男子の靴はそのままにしておいて)履き物を女子全員から奪っていた」というのが正しい表現であるのかもしれません。「減点」は履き物を奪うことではありませんでしょうか。

 

 さて、別のことについて述べます。私たちの地域(兵庫県明石市地域)の方言では、「下駄を履かす」の他に「げす板を履かす」という言い方をしました。使用頻度は「げす板を履かす」の方が多かったように思います。

 「げす板」というのは、鉄製の風呂釜の内側の底に沈めて、火傷をしないようにするための木の板のことです。薪を燃やして釜の下からあたためますから、風呂釜の底は熱くなっています。

 このような風呂釜は姿を消しましたから、「げす板」が何であるのか知らない人たちも増えました。当然のことですが、「げす板を履かす」という言葉の意味もわからなくなってしまいます。

 例えば、土産物のお菓子の箱が上げ底になっていたら「げす板を履かせて、箱を大きく見せている」ということになります。「下駄を履かす」の使い方も同じです。

 

 もとの話に戻ります。「天声人語の表現は、完全に正しいのでしょうか。」と書きましたが、さすがに天声人語の筆者は巧いものです。「ゲタを履かす」には、上げ底にするにせよ、全員に加点するにせよ、目に見える実態があります。

 大学医学部の入試では女子に減点をしているのですが、それを「見えないゲタ」を男子にはかせていたと書いています。「見えないゲタをはかせていた」と言われると、誤った言い方だと指摘できなくなってしまいます。

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