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2018年12月21日 (金)

言葉の移りゆき(244)

「妨げるものではない」という言い方

 

 障害者などというときの「害」の文字には否定的なイメージが伴うとして、不快感を持つ人がいます。「障碍」や「障がい」の文字遣いを見ることが多くなりました。「碍」の文字を常用漢字表に加えるべきだという話がありましたが、それについての記事が載っていました。

 

 2020東京パラリンピックを見据え、法律で障害を「障碍」と表記できるよう「碍」の1字を常用漢字表に加えるよう求めた衆参両院の委員会決議に対し、文化審議会国語分科会は22日、追加の是非の結論を先送りし、「自治体や民間組織が『碍』を使うことを妨げるものではない」とする考え方を示した。

 (朝日新聞・大阪本社発行、20181123日・朝刊、13版、29ページ、上田真由美)

 

 常用漢字表に1字だけ追加したという例はありませんし、常用漢字表の改定は簡単に行えるものではありません。そのことは理解できます。

 今回のニュースは、国会の委員会決議を契機に議論を始めた文化審議会国語分科会が、〈法律〉ではなく、〈自治体や民間組織〉が『碍』を使うことを妨げるものではないという見解を発表したということです。

 私が言いたいのは、「碍」を常用漢字表に加えることの是非ではありません。「『碍』を使うことを妨げるものではない」という言い方のことです。「妨げるものではない」というのは、使うことを認めているのですが、他の者を押さえて服従させる姿勢そのものです。このような場合に、なぜ「妨げる」などという言葉が必要なのでしょう。国民の前で大手を広げている姿が目に浮かびます。しかも、政治団体ではなく、文化審議会国語分科会というところの言葉に似つかわしくありません。

 「妨げるものではない」という大袈裟な表現を、「妨げない」と言い換えても、その姿勢に変わりはありません。とうして「使うことを認める」と言えないのでしょうか。あるいは、もっとやわらかく「使ってよい」と言えないのでしょうか。

 いずれにしても常用漢字表に手を加えないということであり、「碍」の1字を使うか使わないかという問題に過ぎません。使ってよいのなら、「使ってよい」という言葉でよいのではありませんか。

 「妨げるものではない」という言い方には、本当は使ってほしくないという気持ちが丸見えです。それを、法律用語を使って取り繕っているに過ぎないのです。日本語の将来を考える分科会が、こんな言葉遣いをしていてよいとは思えません。

 

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