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2018年12月23日 (日)

言葉の移りゆき(246)

「ほとんど」とは、どれぐらいの割合か

 

 「こじらせていた風邪が、ほとんど治りました。」というような場合の「ほとんど」の使い方は気になりません。「そうですか。よかったですね。」という言葉を返したくなります。

 それでは、「私の考えに、ほとんどの人が賛成してくれました。」という場合はどうでしょうか。「ほとんど」という言葉と数値との関係はどうなっているのでしょうか。

 北海道地震で休校になっていた学校が再開したというニュースがありました。「ほとんどが再開し…」と書いてありました。再開できなかったのが1~2校であるような印象を持ちました。記事には、こう書いてありました。

 

 道内の公立学校はほとんどが再開し、休校は1割弱に減った。札幌市東区の小学校では、通学路に損傷が残る中、登校する子どもの姿も見られた。

 (朝日新聞・大阪本社発行、2018年9月10日・夕刊、3版、1ページ)

 

 「ほとんど」という言葉と、数値とが書かれている珍しい例だと思います。この記事では、9割の数値に達したことを「ほとんど」と表現しています。私の感覚とはだいぶ隔たりがあります。数値で区切ることはできませんが、98%前後になったら「ほとんど」が使えるのではないか、というのが私の感覚です。

 国語辞典は、「ほとんど」についての説明で、数値は示していませんから、やや専門的な書物を見てみます。

 

 全体の九割以上の感じで、会話にも文章にも使われる和語。〈- が知らない名前だ〉〈出席者の  が賛成した〉

 (中村明『日本語 語感の辞典』、岩波書店、20101125日発行、979ページ)

 

 この書物には、9割以上と書いてあります。最低数をとれば、9割に達しておれば、「ほとんど」が使えるというのです。これは新聞記事と符合しますが、私の納得の域には達しません。

 例えば、「ほとんど8割(80)ほどが、できあがった。」というような言い方を目にすることがあります。これは 80()×0.972() というような計算ではおかしくなるわけで、限りなく80%に近いことを表しているように思います。

 続いて、別の書物を開いてみます。

 

 全部とまではいかないが大部分、事柄に対して用いれば、完全とまではいかないが九分九厘、の意味になる。

 (森田良行『基礎日本語 意味と使い方』、角川書店、19771030日発行、416ページ)

 

 この書物には、1ページ以上にわたって詳しい解説がありますが、私の感覚と一致します。

 二つの書物の刊行時期には30年以上の隔たりがありますが、この言葉に関しては、時の流れによって変化したと言うよりは、著者の考え方の隔たりの方が大きな要因であるように思います。

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