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2018年12月24日 (月)

言葉の移りゆき(247)

文章中にも振り仮名付きで「コミュ力」

 

 (241)(243)回の続きです。「コミュ力」の増殖は続きます。文章中は「コミュニケーション能力」であるのに、見出しが「コミュ力」である例です。

 

 「コミュ力高い」に無言の抗議 / 順大前で学生ら 【見出し】

 「女子のコミュニケーション能力が高い」ことを理由にあげた点に抗議するため、キャンドルを手に沈黙して実施。医学生ら15人が参加した。 【本文】

 (朝日新聞・大阪本社発行、20181215日・朝刊、13版、35ページ)

 

 そして遂に、とどめを刺すような文章が現れました。見出しではなく本文で、「コミュ力」の「力」に「りょく」という振り仮名を付けての表現です。

 

 ついこんな言い方をしてはいないだろうか。「女性はお花がお好き」「女性は感覚が繊細」。最近のニュースでは「女子はコミュニケーション能力が高い」との言葉もあった

 順天堂大学医学部の入試で、女子に不利な扱いをしていた理由として責任者が述べていた。女子の方がコミュ力が高いので、面接の点数が良くなってしまう。男子を救うためにゲタをはかせた、ということらしい  《注。「力」に、「りょく」という振り仮名が付いている。》

 (朝日新聞・大阪本社発行、20181217日・朝刊、13版、1ページ、「天声人語」)

 

 これは朝日新聞の「顔」とでも言うべき「天声人語」の文章です。新聞社として、このようか表現、このような表記をするということを公式に宣言しているように感じます。

 本文の文章に振り仮名を付けるということは、まだ馴染んでない言葉で、読み方を誤りやすいという配慮からだろうと思います。そうでありながらもこの言葉を使おうとするのは、何としても「コミュ力」という言葉を定着させたいという意図があるからでしょう。

 新聞の力は絶大です。個人が、そんな表現、そんな表記はおかしいと言っても、耳を貸さない姿勢を持っているのです。政治の権力と同じようなものを、新聞も権力としてそなえているということに気付かなければなりません。

 

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