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2018年12月31日 (月)

言葉の移りゆき(254)

世間を無視した駅名「ゲートウェイ」

 

 言葉に関して今年一番の腹立たしいと思ったことについて書きます。

 JR山手線に建設が進んでいる新駅の名前が決まったというニュースがありました。その名前を歓迎する意見は少なく、強い批判にさらされました。

 

 JR山手線・京浜東北線田町-品川駅間(東京都港区)2020年春開業する新駅の名称が、「高輪(たかなわ)ゲートウェイ」に決まった。JR東日本が4日に発表した。新駅は山手線では1971年の西日暮里駅、京浜東北線では2000年のさいたま新都心駅以来で、カタカナを含んだ駅名はどちらも初めてとなる。

 JR東によると、今年6月の駅名公募に約6万4千件の応募があり、最多は「高輪」(8398)で、「芝浦」(4265)、「芝浜」(3497)が続いた。計約1万3千種類の駅名について、深沢祐二社長ら社内の選定委員会が最終選考した。

 「高輪ゲートウェイ」は36件で130位だったが、深沢社長は「この地は江戸の玄関口として栄え、明治期には国内初の鉄道が走った。過去と未来、日本と世界をつなぐ結節点としてふさわしい」と説明した。

 (朝日新聞・大阪本社発行、201812月5日・朝刊、13版◎、34ページ、細沢礼輝)

 

 まっ先に感じることは、約6万4千件の応募で、約1万3千種類の駅名が提案されたということです。奇抜きわまりない駅名も無数にあったことでしょう。関西ならば洒落っ気たっぷりの提案もあるでしょうが、こんなに多数の種類に分かれることはないでしょう。首都圏の人間の多様さ、無秩序さに驚くばかりです。深沢祐二社長ら社内の選定委員会は、提案された駅名の奇抜さに慣れてしまって、自らも奇抜な言葉を選んだのでしょう。

 「高輪」(8398件、1位)と、「高輪ゲートウェイ」(36件、130)の差は歴然としています。選定委員会は目がくらんでいたとしか言いようがありません。「芝浦」であれば納得する人も多いでしょうが…。

 高輪は「江戸の玄関口」であったかもしれませんが、すべての駅はそれぞれの土地の「玄関口」です。馴染めない駅名をつけられたら迷惑です。百歩譲って「高輪玄関口駅」の方が、ましであると言わねばなりません。とは言え、「過去と未来、日本と世界をつなぐ結節点としてふさわしい」という、取って付けたような説明には、開いた口が塞がりません。

 「高輪駅」が、白金高輪駅や高輪台駅と紛らわしいのなら「JR高輪駅」とか、東京都に因んで「いちょう高輪駅」とすれば良いでしょう。JR西日本の命名法(JR難波駅、さくら夙川駅など)を見習えばよいのです。定着していない外来語に飛びついて駅名にするというのは非常識です。

 結局は、駅名公募という形を取りながら、応募者を無視して、はじめから原案ありきであったのでしょう。応募した人たちを愚弄するような結果になりました。

 JR東日本の社長や幹部の意向が選定委員会に反映されて、強行突破をしたとしか思えません。そうでないと言うのなら、今からでも間に合います。改めて提案をすべきでしょう。何年も経ってから改名すれば、多額の費用が発生してしまいます。

 言葉は、権威だの権力だのというものとは無縁です。無理やり決めても人々の口に上らなくなったらお終いです。「E電」がそれを物語っています。誰も「高輪ゲートウェイ」と呼ばなくなって、駅舎や駅名板が「負の遺産」として残るだけです。

 駅名も地名のひとつです。一部の人が勝手に決めてよかろうはずはありません。みんなの共有財産であるということを忘れてはいけません。

 普通に考えれば、「高輪ゲートウェイ駅」という白々しい名前を使わず、単に「高輪駅」と呼んだり、「JRの高輪駅」「山手線の高輪駅」と呼んだりする人が多くなるでしょう。それでも、少数の人たちは、「高輪ゲートウェイ駅」と決めたことを手柄のように思い続けるのでしょうか。

 馬鹿は、死ななきゃ治らない。「高輪ゲートウェイ」も、死ななきゃ直らない。そんなふうに思います。

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