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2019年1月13日 (日)

言葉の移りゆき(267)

「ヘタウマ」の意味・用法は?

 

 世の中には、国語辞典の改訂版が出るたびに買い替えている人がどれほどあるのでしょうか。私は国語辞典は、『日本国語大辞典』から小学生向けのものまで10種以上を使っています。古語辞典や漢和辞典も同様です。したがって、よほどのことがない限り、折々に入手した辞典をそのまま使うことが多く、いちいち買い替える余裕はありません。

 その辞典に載っている・載っていないということについては古い情報に基づいているのですが、語義の説明が大幅に書き換えられることは少ないので、すこし古い版に基づいて発言していることも多いのです。

 さて、「ヘタウマ」という言葉は、私の手元にある国語辞典にはまだ載せられていません。「ヘタウマ」は、下手だ・巧いという言葉を合わせた言葉ですから、辞典を見なくても大きな誤りを犯すことにはならないでしょう。まったく下手だという意味ではなく、正真正銘に巧いという意味でもないからです。

 ところで「ヘタウマ」は、厳密に言えばどういう意味なのでしょうか。私が推測したことを申します。ひとつは、全体的には下手なのであるが、それでも人々を惹きつけるような巧さも隠されている、ということです。もうひとつは、巧い作品を作る人であるが、その中に意図的に下手な部分を加えている、ということです。それ以外の解釈もできるかもしれません。私はそのうち、前者の意味だろうと思っていました。

 次のような文章がありました。

 

 徳川幕府の礎を築いた3代将軍家光の水墨画2点の実物が来年3月、東京・府中市美術館の「へそまがり日本美術 禅画からヘタウマまで」展で初めて公開される。家光の作品はこれまで10点弱しか見つかっていないが、いずれも素朴な画風だといい、金子信久学芸員は「意図して下手に描いたのかはわからないが、これが家光のスタイルだった」と話す。

 (朝日新聞・大阪本社発行、20181220日・夕刊、3版、12ページ、森本未紀)

 

 この記事の見出しは「家光の絵 ヘタウマだった?! 3月初公開」となっています。見出しの「ヘタウマ」は、記事の言葉の「意図して下手に描いた」にあたるのでしょう。どんな国語辞典の最新版が「ヘタウマ」を見出しに採用しているのか、またその意味を「意図して下手に描くこと」としているかどうかを、確かめてみたいと思います。

 それにしても、この言葉を府中市美術館が展覧会のタイトルに使うということは、既に浸透している言葉であると判断したのでしょう。「ヘタウマ」は、いささか「へそまがり」の範疇に含まれるということなのでしょう。

 「ヘタウマ」がどのような分野で使われるのかということにも、私は興味を持ちます。美術(絵画・彫刻など)や書道に対してこの言葉が使われても違和感はありませんが、文章(散文や韻文)に対しても使うのでしょうか。音楽作品に対しても使うのでしょうか。演劇やスポーツなどのように体を使って表現するものにも使うのでしょうか。興味は広がっていきます。

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