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2019年1月16日 (水)

言葉の移りゆき(270)

「無料で振る舞う」という表現の居心地

 

 他動詞の「振る舞う」という言葉が気になっています。端的に言うと、「ふるまう」というのは無料で提供することではないかと思うのですが、世の中は、そうでもないのでしょうか。

 

 一年の無病息災を願う「七草がゆ」が7日、大阪市の阪神百貨店梅田本店で無料で振る舞われた。会場前には早朝から列ができ、300人が味わった。

 (朝日新聞・大阪本社発行、2019年1月8日・朝刊、13版、30ページ、「青鉛筆」)

 

 「振る舞う」という言葉に、わざわざ「無料で」という説明が必要なのでしょうか。

 他動詞の「振る舞う」を、手元の国語辞典で確かめてみます。

 

 『広辞苑・第4版』  もてなす。馳走をする。

 『岩波国語辞典・第3版』  もてなす。人にごちそうする。

 『三省堂国語辞典・第5版』  ①もてなす。ごちそうする。②(みんなに)気前よく あたえる。

 『新明解国語辞典・第4版』  来客に対して、酒・食事を出して、もてなす。

 『明鏡国語辞典』  人にごちそうする。おごる。もてなす。

 『現代国語例解辞典・第2版』  もてなす。接待する。

 

 どれを見ても、代価を取って提供するという意味は書かれていません。それが共通認識であるのならば、「無料で振る舞われた」という書き方は、同じことを2度述べていることになります。「有料で振る舞われる」こともあるのか、と言いたくなるのです。

 オリンピックの開催地が東京に決まったとき、「おもてなし」という言葉が広く使われました。あの「おもてなし」という言葉は、外国からの客に対して、旅費・宿泊費などを無料にして接待する、という意味ではなかったはずです。「おもてなし」は心遣いに重点を置いた言葉であったでしょう。

 とは言え、上記の国語辞典のすべてで使われている「もてなす」には、有料という意味が含まれているのでしょうか。そんなふうには考えられません。「振る舞う」も有料ではないはずです。

 もし、例外があるとすれば、原価1000円の料理を、有料の100円で提供したときなどは、「振る舞う」と使えそうにも思いますが…。

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