« 言葉の移りゆき(271) | トップページ | 言葉の移りゆき(273) »

2019年1月18日 (金)

言葉の移りゆき(272)

「東京2020」の無秩序さ

 

 オリンピックが東京で開かれることが決まってから「東京2020」という文字に接することが多くなりました。これからは「大阪2025」という文字遣いも増えてくるのでしょうか。

 日本語には大和言葉だけでなく漢語も外来語も混在しています。この「東京2020」もいろいろ読み方をされています。自分の好きなように読んでいるのです。「東京」の部分を違えて読む人はありませんが、「2020」の部分はまちまちです。公的な立場であるか私的な立場であるかというようなことには関わりなく、勝手な読み方をしています。

 例えば、「にい・ぜろ・にい・ぜろ」と読む人もいれば、「にい・まる・にい・まる」と読む人もいます。これが大部分と言ってよいでしょう。そして、少ない人数のように思いますが、「にい・れい・にい・れい」と読む人もいます。

 「2」は、「に」または「にい(にー)」です。「0」を「ぜろ」と読むのは英語(zero)読みで、「れい」と読むのは日本語(「零」)読みです。「まる」と読むのは、文字の形を説明しているに過ぎません。「2」を「にい()」と読むのなら、「2020」は「にい・れい・にい・れい」と読まなければなりません。

 0・1・2・3…を、日本語で読めば「れい・いち・に・さん…」、英語で読めば「ゼロ・ワン・ツー・スリー…」です。「東京2020」だけでなく、「0」の読み方は、日本語全体の中でルーズになってきて、それを指摘する人は少ないのです。「まる」と読むことすら許容してしまっています。

 日本語の状況を〝乱れ〟と見るか〝変化〟と見るかで、意見が分かれることがあります。いわゆる「ら抜き言葉」や「さ入れ言葉」を〝変化〟だとする意見については、日本語の歴史の流れから考えると〝変化〟という判断もしてよいだろうと思います。けれども、日本語の読み方と外来語の読み方を混ぜ合わせるのは〝乱れ〟としか言いようがありません。

 だから、次のような記事を読むと、ほっとした気持ちになります。

 

 名前や住所から電話番号を調べてくれるNTTの104番は、平成2年から有料になった。 …(中略)

 「それ、イチ・レイ・ヨンって呼ぶんです」。元オペレーターの大和良子さん(45)は、「イチ・ゼロ・ヨン」と発音した記者の質問を遮った。

 (朝日新聞・大阪本社発行、20181225日・夕刊、3版、8ページ、「暮れゆく時代に③」、吉村治彦)

 

 この記事にある人のように、毅然と間違いを指摘する人は少なくなったように思います。どっちでもいいではないか、という無責任さが、日本語の乱れを加速させるのだけは避けなければならないと思います。

|

« 言葉の移りゆき(271) | トップページ | 言葉の移りゆき(273) »