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2019年1月23日 (水)

言葉の移りゆき(277)

ひとりで作る「派閥」

 

 造語成分である「派」という言葉を、国語辞典はきちんと説明していないように思います。「派」の説明は、概して次のように書かれています。すなわち、主義・思想・流儀・態度などを同じくする人々の集まり、です。

 けれども、次のような表現に出会うと、この説明では納得できなくなってしまいます。

 

 「私、服屋で声かけられたくない派やねん」。大阪・ミナミのレストラン。記者が隣の席にいた若い男女のそんな声を聞いた。「私は1人で見たい派。ほっといてほしいねん」。

 (朝日新聞・大阪本社発行、2019年1月18日・夕刊、3版、13ページ、高橋大作)

 

 販売店で店員が客に声をかけるのは効果的かどうかということを扱った記事の冒頭の部分です。

 何にでも「派」を付けて表現することは、実に大ざっぱな日本語表現だとは思いますが、現実には、ナントカ派という言い方、しかもナントカの部分が長ったらしくなる言い方が広がっているように思います。

 長ったらしい「派」の言い方になるということは、「服屋で声かけられたくない派」と「1人で見たい派」とは別の「派」だということです。つまり、「派」という言葉を使いながら、ひとりひとりの考え方や感じ方が違うということを主張しているのです。他と区別しようとする意識が明確に出ているように思います。

 国語辞典は、新しい言葉を追いかけるだけではなく、古くから使われている言葉の新しい用法にも力を注がなければなりません。

 このような「派」の使い方を、どのように説明すればよいのでしょうか。共通点を持った人々の集まりではなく、むしろ、共通点を持った集まりから抜け出して自己主張をするために「派」が使われ始めているのです。

 政治の世界にもひとりの派閥があるのかもしれませんが、若者たちの人間関係が希薄になるのと表裏一体の形で、言葉の上で個々の(あるいは、孤孤の)自己主張をしようとする者が増えてきているのかもしれません。

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