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2019年1月27日 (日)

言葉の移りゆき(281)

「在野」という言葉の使い方

 

 私は今、『明石日常生活語辞典』の刊行に向けて、校正作業を続けています。50年間以上の調査・研究の集大成として、小さな活字で850ページ以上の書物を、日本語日本文学専門書出版の武蔵野書院から刊行します。

 この半世紀、調査研究に関わる費用一切はどこからの補助もありません。出版には費用分担が必要で、それは年金の1年分以上の額になるはずです。

 だから、次のような記事を読むと、身につまされるような思いになります。

 

 西郷隆盛やその家族、幕末の薩摩藩などを在野の立場で研究する。隆盛の2番目の妻の名前が一般に知られる愛加那(ルビ=あいかな)ではなく、「アリカナ」だったことを子孫が所蔵していた戸籍謄本から突き止め、昨年12月に発表した。

 京都市出身。地元の高校卒業後に設計事務所に勤めたが、大学の通信教育で教員免許を取り、小学校の現場に入った。だが、2012年に母の看病で退職。

 (朝日新聞・大阪本社発行、2019年1月9日・夕刊、3版、4ページ、「テーブルトーク」、渡義人)

 

 幕末の薩摩藩を在野で研究しているという原口良子さんの紹介記事です。在野で研究するというのは、費用の面では冷酷な立場に立たされます。

 さて、その「在野」という言葉を、国語辞典はどのように説明しているでしょうか。『三省堂国語辞典・第5版』は、次のように書いています。

 

 ①公職につかないで、民間にいること。

 ②政権をとらず、野党であること。

 

 ①には「公職」という言葉が使われています。例えば原口さんが勤めた小学校が公立であったとしたら、その在任期間には「公職」という言葉に当てはまるのでしょうか。(この研究は退職後に行われたようですが…。)

 私の場合は公立高等学校に勤務し続けましたが、前記の辞典の作成については在野でしかありません。

 「在野」の説明の中にある「公職」とは何なのでしょうか。『三省堂国語辞典・第5版』は、次のように書いています。

 

 ①公務員としての職務。

 ②国会・地方議会の議員としての職務。

 

 結局、「在野」とは、公務員でないということのようです。他の国語辞典の説明も似たり寄ったりです。

 そうすると、「在野の立場で研究する」というのは、「公務員の立場でなく研究する」ということになります。けれども、実際には、そのような意味ではないでしょう。研究者としての地位や経済的条件を保証されないで研究する、という意味でしょう。「在野」の説明が不十分であると思います。

 一方、出版社という企業で国語辞典の編集に携わっている方々は、公務員ではありませんが、日本語研究者としての立場が保証され、研究に必要な費用は自己負担ではないはずです。国語辞典編集者のことを「在野」であるとは、誰も思わないでしょう。

 新聞は、「在野で研究」という言葉を気安く使いますが、「在野」という言葉を使うときに、研究のすべてにわたって自己負担を強いられているという現実を知って、使っているのかと疑問を持ちます。新聞社という企業に勤める記者も「在野」の人間でしょうが、どの記事もふんだんな取材費を使って記事を書いていることは明白です。

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