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2019年2月 4日 (月)

言葉の移りゆき(289)

「八戸前沖」という表示

 

 鯖の水煮の缶詰に「八戸前沖」と書いてありました。八戸という地名に「前」と「沖」が加わった言葉です。

 寿司などで「江戸前」というのを、長い間、私は勝手に「江戸流」「江戸風」(=江戸のやり方)というように理解していました。けれども、「江戸前」というのは江戸の前の海、すなわち東京湾であるということを知りました。そこでとれた魚介のことも江戸前と言うようです。とは言え、このような使い方は、「江戸前」の他にもあるのでしょうか。「名古屋前」? 「大阪前」? 「博多前」?

 明石鯛や明石蛸で知られる兵庫県明石市には、明石前などという言葉はありません。地元では「前どれ」と言っています。前どれとは、明石海峡(および播磨灘など)でとれた魚介のことです。「前」と言えば、明石海峡ということが互いに理解されているからです。

 一方、ニュースで「三陸沖」「金華山沖」「野島崎沖」などという言葉を聞きます。三陸というのは陸前・陸中・陸奥の総称ですから、三陸沖というのはかなり広い海域です。金華山沖や野島崎沖というのは、特定の地点の沖に広がる海域ですが、どれぐらいの広がりがあるのか、理解できません。金華山沖何カイリというような、距離の起点になっているような気もします。

 さて、「八戸前沖」のことを考えます。江戸や明石は湾入したような海域ですから、「前」と言っても、その広がりに限度があります。「八戸前」の場合は、太平洋が広がって限界がありません。鯖の漁は海岸から離れたところでも行われるのでしょうが、それを「八戸沖」と言ったのではかなり遠いところまでを指してしまって、印象がよくないかもしれません。そこで工夫されたのが、「前沖」という言葉ではないかと思うのですが、そのような理解は間違っているのでしょうか。この「前沖」という言葉は、他の地域でも使われているのでしょうか。

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