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2019年2月 8日 (金)

言葉の移りゆき(293)

校閲という仕事

 

 人間は誤りをおかす生き物です。他者に伝える情報の中に誤りが生じても不思議ではありません。けれどもマスコミは、その誤りを最小限にすべく、さまざまな努力を続けていると思われます。

 この連載の(259)回で、私は、毎日新聞校閲グループが書いた『校閲記者の目』(毎日新聞出版、2017年9月5日発行)という本について書きました。この本は、単なる文字・数字などの誤りだけでなく、言葉の用法・用例などを検討し、様々な視点から言葉に検討を加えていることを知り、頭が下がる思いになりました。さらに、言葉の問題だけでなく、そこに書かれている内容が正しいかどうかという検証にも多大なエネルギーを費やされていることがわかりました。

 

 さて、この連載の(288)回で、私は「オノマトペについての疑問」という文章を書きました。数日前の記事ですから、その内容を改めて書くことはしません。(2月3日付けのブログをご覧ください。)

 この記事をご覧になった、朝日新聞の担当者から、2月4日に、次のようなメールをいただきました。私信ではありますが、その後の記事との関連が生じますから、主要な部分をそのまま引用します。

 

 「日本国語大辞典」(小学館)には約50万のことばが載っている。そのうちオノマトペは1割ほどを占める、としたのは、「1%ほどを占める」の誤りでした。明治大学文学部の小野正弘教授から約50万語を載せている「日本国語大辞典」から、オノマトペを約4500語抽出して「オノマトペ辞典」を作ったという話をお聞きしました。それぞれの数は、私自身でも確認しておりました。原稿にする際に、当初「4500ほど」としていました。字数があふれたため割合で書こうとしました。しかし「1%」とすべきところを思わず「1割」と誤りました。私の確認不足でした。申し訳ありません。あす夕刊で訂正を出します。

 

 そして、翌日の夕刊に、訂正記事が掲載されました。

 

 訂正して、おわびします  ▼1月30日付総合2面「ことばのたまゆら」で、「『日本国語大辞典』(小学館)には、約50万のことばが載っている。そのうちオノマトペは1割ほどを占める」としましたが、「1割」とあるのは「1%」の誤りでした。取材メモから記事にする際、単位を混同しました。

 (朝日新聞・大阪本社発行、2019年2月5日・夕刊、3版、8ページ)

 

 いただいたメールの文面と、訂正記事とはきちんと符合しています。けれども、これほど安易な訂正記事はありません。そして、新聞社内では何の校閲作業も行われずに元の記事が掲載され、そして、今回の訂正記事についても何の校閲も行われていないことが明確になりました。

 

 私は、(288)回のブログで、〈「日本国語大辞典」に載っている言葉の1割ほどがオノマトペだというのは、その辞典を使っている者として、まったく実感がありません。〉と書きました。今回は「1%」と訂正されました。

 改めて申します。「日本国語大辞典」に載っている言葉の1%ほどがオノマトペだというのは、その辞典を使っている者として、まったく実感がありません。

 「ことばのたまゆら」の筆者は、『日本国語大辞典』の語数が50万で、小野正弘編『日本語オノマトペ辞典』のオノマトペ語数が4500余語であることを根拠に、『日本国語大辞典』のうちのオノマトペは1%ほどを占めるという結論を導いているのですが、そんないい加減な比較は成り立ちません。まるで、どこかの国の統計問題と同じです。

 『日本国語大辞典』の50万語をすべて調べて、そのうち5千語がオノマトペであることを示さなければなりません。そんな作業をしないのなら、こんな結論を述べてはなりません。それができないのならば、『日本国語大辞典』の編集に携わった人からの証言を載せなければなりません。「ことばのたまゆら」の筆者が、勝手な結論を下してはいけません。

 

 具体的に申しましょう。『日本語オノマトペ辞典』の「あ」の項には、「あーん」「あおーあおー」「あおらあおら」「あくあく」「あぐり」「あけらかん」「あたふた」「あっか」「あっけらかん」「あっさり」「あっはっは」「あっぱっぱ」「あっぱとっぱ」「あっぱらぱー」「あっはん」「あっぷあっぷ」「あっぺとっぺ」「あはあは」「あばあば」「あばちゃば」「あはは」「あぶあぶ」「あぷあぷ」「あふらあふら」「あへあへ」「あべこべ」「あむあむ」「あやふや」「あらり」「あわあわ」「あわわ」「あん」「あんあん」「あんぐり」「あんけ」「あんごり」「あんざり」「あんじり」という語が並んでいます。

 『日本語オノマトペ辞典』の「あ」の項にある4500語が、『日本国語大辞典』50万語の中にすべて収められておれば、問題はありませんが、そうでなければ、2つの辞典を比較しただけの、偽りの数字だということになります。

 上にあげた言葉を『日本国語大辞典(初版)』で見ていくと、「あおーあおー」、「あおらあおら」、「あくあく」、「あっか」、「あっぱっぱ」、「あっぱとっぱ」、「あっぱらぱー」、「あっはん」、「あっぺとっぺ」、「あばちゃば」、「あへあへ」、「あむあむ」、「あらり」、「あんざり」などが、載せられていなかったり、意味・用法の相違が見られたりします。

 仮に『日本国語大辞典』を基準に置くと、『日本語オノマトペ辞典』の編者は追加や削除を行っているのです。辞典の編集者が独自の観点から言葉を選ぶのは当然のことです。

 そもそも、2つの辞典の語数を比べて、安易な比較をしたことが間違いでした。撤回して訂正しなければならないでしょう。

 それにしても、社内の校閲の体制が整っていないということを露呈したような出来事でした。

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