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2019年2月23日 (土)

言葉の移りゆき(308)

「東京中心・書き言葉辞典」化する国語辞典

 

 例示から始めましょう。

 

 スーパーマーケットの駐車場案内板に〈立駐/430台〉と書いてあります。「立体駐車場」をこう略しているようです。書いた人にとっては日常語なのかもしれません。

 (朝日新聞・大阪本社発行、2018年3月10日・朝刊、be3ページ、「街のB級言葉図鑑」、飯間浩明)

 

 街なかの、よくある駐車場。その看板に〈平面駐車場〉と書いてあります。これまで駐車場のことばも注意して見ていたつもりですが、この表現は見落としていました。

 (朝日新聞・大阪本社発行、20181117日・朝刊、be3ページ、「街のB級言葉図鑑」、飯間浩明)

 

 電車のドアに、制汗剤の広告が貼られています。〈忙しい朝に 瞬乾! ワキ汁ケア〉の太文字。

 (朝日新聞・大阪本社発行、2018年8月4日・朝刊、be3ページ、「街のB級言葉図鑑」、飯間浩明)

 

 「立駐」は案内板が立てられている場所から、意味はすぐに判断できます。特別な言葉ではなく、わざわざ国語辞典に載せる必要はありません。こんなものを載せ始めたら、略語を網羅しなければならないという妄想に引き込まれます。平面駐車場を「平駐」と略したら小首をかしげるかもしれませんが、「立駐」はそれに比べたら、わかりやすいでしょう。

 「瞬乾」は単なる言葉の遊びです。わざわざ拾い上げる必要はありません。こんな採集を始めたら、テレビのお笑い番組や、新聞のスポーツ欄の言葉遊びも同じ範疇に入ってしまいます。際限がありません。

 国語辞典編纂者は、言葉への強い好奇心をお持ちであることはわかりますが、一般の人はそこまで異常な関心を持ってはいません。テレビのお笑い番組や、新聞のスポーツ欄の言葉遊びは、アハハと笑って通り過ぎるものです。そもそも、上の記事で報告されている言葉の事例は、都市生活者の感覚でしかありません。

 

 国語辞典の中には、昔のことばを多くのせるものもありますが、この『三国』は、現代日本語を第一に考える辞書です。今の時代、21世紀に生きるわれわれが、どんなことばを、どんな意味で使っているか、それを知るための国語辞典です。

 (飯間浩明『ことばハンター 国語辞典をこうつくる』、ポプラ社、2019年1月発行、24ページ)

 

 国語辞典の表向きの編集方針とは別に、国語辞典が、東京を中心とした地域を基盤にした辞典となっていることは衆知のことです。東京で作っているのだから、そうなるのでしょう。東京人の感覚で作られているのです。都市生活者向けの辞典と言ってもよいでしょう。

 そして、その上に、もうひとつ重要な傾向が見えてきます。それは、書き言葉に大きく立脚しているということです。書き言葉の資料は、写真やメモなどを含めて膨大なものが集積されているだろうと思います。

 一方、話し言葉については、どれだけの資料が集積されているのでしょうか。例えば談話資料として、語彙やアクセントや語法などについて、どれだけの資料が蓄積されているのでしょうか。たぶん、書き言葉の比ではない、貧弱なものだろうと推測します。そうではないと言われる方があれば、反論していただきたいと思います。

 そういう資料をもとにして編纂されている国語辞典は、東京中心の、書き言葉の辞典としての性格をますます強めていると思います。話し言葉で、改訂の度に加えられるものはごくわずかです。

 「立駐」「瞬乾」などの言葉は、堂々とした言葉として国語辞典に載る日が来るのかもしれません。それに対して、少し発音の崩れた言葉や、狭い地域で使われる話し言葉は、〈俗語〉として蔑まれる。それが、「東京中心・書き言葉辞典」の編集方針になっていくのでしょう。

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