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2019年2月28日 (木)

言葉の移りゆき(313)

自分が「見てござる」のではない

 

 戦後の童謡に「見てござる」という曲がありました。山上武夫・作詞、海沼實・作曲で、川田正子が歌っていたように思います。こんな歌詞です。

 

  村のはずれの お地蔵さんは

   いつもにこにこ 見てござる

   仲良しこよしの じゃんけんぽん

   ホイ 石けり なわとび かくれんぼ

   元気に遊べと 見てござる

   ソレ 見てござる

 

 この歌詞の「見てござる」という表現には違和感はありませんでした。「ござる」は「御座ある」から転じた言葉ですから、「見てござる」というのは、見ていらっしゃる、という意味です。この曲で、見ていらっしゃったのは、村のはずれのお地蔵さんであり、たんぼの中の案山子どんであり、山のからすのカンザブロウであり、夜のお空のお月さんでした。

 自分たちを取り巻くものが、自分たちを見ていらっしゃる、という表現でした。子どもたちに敬語意識を植えつけるという意味でも、格好の教材であったと思います。

 この尊敬表現の「見てござる」に丁寧語の「ます」を付ければ、「見てございます」になります。

 

 少し古いのですが、こんな文章を読んだことがあります。

 

 国会の質疑でいつも違和感を覚える言い回しがある。「思ってございます」「感じてございます」。閉会したこの国会でも幾度となく耳にした。「思ってあります」であれば感じないムズムズした感覚が背中を走る

 「私も以前から気になっていました。文法に照らすと変な言い方ですね」。言語学者の尾谷昌則・法政大教授(43)によると、「ございます」は「あります」を丁寧にした言い方。「思ってあります」とは言わない以上、それを丁寧化した「思ってございます」はおかしな表現となる

 (朝日新聞・大阪本社発行、2017年6月21日・朝刊、13版、1ページ、「天声人語」)

 

 「天声人語」の文章が掲載された当時、その内容の誤りを指摘する投稿があったかどうか知りませんが、誤りは誤りです。今になって誤りを訂正するというのも潔いことだと思います。

 「思ってございます」という言い方がおかしいと感じるのは、法政大教授の指摘するような理由ではありません。丁寧表現としてのおかしさではありません。「思ってございます」には、尊敬表現としての響きが残存しているのです。思っている本人(すなわち、言葉を発している本人)に対する敬意があることを感じてしまいますから、強い違和感を持つのです。

 そのことを法政大教授が誤り、「天声人語」の筆者もそのまま信じてしまっているのです。このまま放ってよいとは思いません。

 国会議員が口にし、大学教授や新聞記者が少しだけの疑問で放置しておけば、一般の人たちは何の疑いもなく使うことになるでしょう。一般の人は、敬語なのだから問題はない、というような意識を持つことになってしまいます。少なくとも、新聞のコラムだけは、間違ったことを書くべきではありません。

 このコラムの末尾には、「有権者の一人として、いまこの国の政治のありように甚だしい違和感を覚えてございます。」とありました。こんな皮肉を言うために、言葉を弄んではいけません。違和感を覚えている本人に向けて敬語を使ってはいけません。

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