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2019年3月 4日 (月)

言葉の移りゆき(317)

「無視する」言葉が跋扈する

 

 前回のブログで、「(真摯に)受け止める」という言葉は、自分(政権)に向かってくるもの(埋め立て阻止)を「止める(ふせぐ)」という意味だということを書きました。

 どのような解釈をしようとも、この言葉は自己本位の言葉であることに変わりはありませんが、次のような解釈もあるようです。

 

 「無視する」という言葉には類語が多い。「耳を貸さない」「受け流す」「聞き流す」「知らん顔する」「どこ吹く風」などなど。人を無視することのひどさをごまかすため、色んな言葉が編み出されてきたか

 最近は「スルーする」との言い方もある。もしかしたら、こちらもいずれ類語に仲間入りするかもしれない。「真摯に受け止める」。おとといの沖縄の県民投票の結果を受けて、安倍晋三首相や閣僚らが口にし始めた

 (朝日新聞・大阪本社発行、2019年2月26日・朝刊、13版、1ページ、「天声人語」)

 

 「無視」とは、見えない、という意味ではありません。子ども向けの『チャレンジ小学国語辞典・第4版』が、わかりやすく、次のように説明しています。

 

 そこにあるものを、ないかのようにあつかうこと。相手にしないこと。

 

 沖縄には大きな問題(課題)があるのです。問題が「ないかのように扱っ」て、埋め立てを続行しようとするのは、国民を「相手にしない」ということなのです。相手にしているのはアメリカ政府なのでしょうか。子どもたちにわかるような論理を無視して、一国の政治が成り立つわけがありません。

 そう言えば、閣僚や官僚などが発したメッセージ、「答弁は差し控えさせていただきます」や「次の質問をどうぞ」も、「無視する」の類語であることに変わりはありません。

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