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2019年3月 6日 (水)

言葉の移りゆき(319)

「報道陣」と「記者団」

 

 何か新しいものができると、一般の人に先立って報道陣に公開されるようです。海外で首脳会談が開かれると、多くの記者団が派遣されるようです。

 たとえば、こんな記事があります。

 

 西日本高速道路は5日、昨年9月の台風21号で強風にあおられたタンカーの衝突で破損し、造り直している関西空港連絡橋の新しい橋桁を堺市の工場で報道陣に公開した。

 (読売新聞・大阪本社発行、2019年2月5日・夕刊、3版、8ページ)

 

 ところで、「報道陣」と「記者団」とは、同じ人たちのことでしょうか。使い分けがあるのでしょうか。「報道団」という言葉や「記者陣」という言葉はあまり見かけないようですが、それはなぜなのでしょうか。

 『三省堂国語辞典・第5版』で、「団」と「陣」の意味を確かめてみます。辞典の説明のうち、造語成分として書かれているものを引用します。

 

 「団」……①臨時に作った集団。「観光 -・議長 -」

      ②〔臨時に参加する者もふくめた〕組織。「消防 -」

 「陣」……相手に何かをしかける・(その仕事に当たる)ひとびと。「質問の第一 -・教授 -」

 

 「団」は集団や組織のことであり、「陣」は人々のことであるということには納得します。確かに「団」や「陣」に属する人たちは、入れ替わり立ち替わりで変化していくのでしょうから「臨時」の要素が強いのでしょう。

 けれども、一般的な印象として、報道陣の人たちは、ぐるりと取り巻いて何かを眺めているような風情があり(つまり、やや受動的であり)、記者団に属する人たちは、鋭い質問を発したりしている(つまり、やや能動的である)ような感じがあります。

 

 それにしても、「報道陣」や「記者団」という言葉を使うのは、他ならぬ「報道陣」の中にいる人たちであり、「記者団」に属している人たちです。一定の枠組みの中にいる、守られた人であり、他の人たち(一般人)を寄せ付けない位置にいる人たちです。自分たちで、この言葉を振りかざしているようにも見えるのです。新聞や放送に携わる人たちは、他の人たちとは違った特権を与えられているということを、露呈している言葉のようにも思われるのです。

 西日本高速道路は、新しい橋桁を堺市の工場で、一般の人も対象にして公開することにして(実際には、一般の人はほとんど参加せず)、報道関係者だけが詰めかけて、新聞や放送のニュースになったということになればよいのにと思います。梅の花が満開であるという公園はすべての人に公開されていて、それをたまたま新聞がニュースとして取り上げることがあるのです。

 「報道陣に公開」と断られた記事は、作り上げられたニュースという印象を否めません。

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