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2019年3月 8日 (金)

言葉の移りゆき(321)

東京で使わない言葉はすべて「方言」なのか

 

 日常生活から出るゴミの量は意外に多いものですが、その回収は週に2回行われています。ゴミを集めるところはゴミステーションです。ずっと昔から、そのように呼んでいます。

 その「ステーション」について、こんな文章がありました。

 

 京都大学の構内で見かけた表示。ごみ置き場に〈リサイクルステーション〉とあります。このようにごみ集積場を「〇〇ステーション」と言う例が多くなりました。東京でなく、地方でよく目にします。 …(中略)

 ネットを見ると、「ごみステーション」は北海道の方言と考える人が多いようです。でも、それ以外の地域でも使われています。

 全国の県庁所在地でごみ置き場をどう呼ぶかを調べたサイトがあります。それによると、「ステーション」は、東日本では札幌のほか宇都宮・千葉ぐらいしかありませんが、名古屋以西~九州にはわりあい広く分布しています。

 英語の輸入のしかたに、東西の地域差があるようです。カタカナで書くことばですが、これも一種の方言と言っていいでしょう。

 (朝日新聞・大阪本社発行、2019年3月2日・朝刊、be3ページ、「街のB級言葉図鑑」、飯間浩明)

 

 本文にあるとおり、これだけ広く、各地で使われている言葉であっても、東京で使われていなければ「方言」であるのでしょうか。言葉に「東西の地域差がある」のは当然のことです。北海道でも使われ、関西はもちろん、九州でも広く使われている言葉を、「東京でなく、地方でよく目にします」という理由で、「方言」だと断じているのです。(「一種の」という修飾語は、いざの場合の逃げ口上だろうと感じます。)

 これは実に横暴な考え方です。東京在住の、国語辞典編纂者の、極端な偏見であると思います。このような考え方が世間で通用するのなら、東京方言集を国語辞典と銘打って刊行してもよいということになります。偏見に満ちた考えが、著名な国語辞典の編纂者から発せられることを、なさけなく感じております。

 それとともに、新聞社も東京から情報を発信して、このような考え方を広げています。全国紙であっても、各地の本社や支社からの発信をもっと多くするとともに、東京から発せられる偏見を取り除く努力をしなければなりません。

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