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2019年3月12日 (火)

言葉の移りゆき(325)

「多行書き」という言葉

 

 縦書きで書かれている新聞に横書きの見出しがある、というのは日本語の特徴のひとつでしょう。

 こんなことを聞いたことがあります。横書きというのは、縦書きの文章が1文字ずつで改行されたものと見なすことができる、というのです。右からの横書きの場合は、確かにそんな解釈ができますが、左からの横書きの場合は、ちょっと無理な考えになります。

 短歌は、ふつう、1行で書かれます。1行の文字数が少ない印刷物では、2行にわたって印刷されることがありますが、作った人は1行のつもりでしょう。

 その短歌を意図的に行分けして書くことがあります。古くから行われていることですが、やり方によって「2行書き」と言ったり「3行書き」と言ったりしています。

 最近の歌集を紹介する文章の中にこんな言葉がありました。今橋愛さんの歌集『としごのおやこ』について書かれた部分です。

 

 多行書き、しかも平仮名を多用することによって、視覚を喚起する効果をもたらす。子どもと母親という垣根を取り払って、対等に向き合っているからこそ、自然に言葉が生まれるのだろう。

 (朝日新聞・大阪本社発行、2019年2月3日・朝刊、13版、11ページ、「うたをよむ」、外塚喬)

 

 1行でなく、2行以上のことを「多行」と言っているようです。引用された歌は、5・7・5・7・7をかなりオーバーした音数を使った歌です。それでも、4行にわたるものはありません。それを「2行書き」や「3行書き」と言わないで、「多行書き」というのは、どういう理由によるのでしょうか。よくわかりません。

 「多」というのは、どのような数以上のものを言うのでしょうか。対象とするものにもよりますが、一般には、5や6という数字は「多」の範囲には入らないでしょう。1行で書くの普通である短歌においては、「1」以外はすべて「多」なのでしょうか。

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