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2019年3月22日 (金)

言葉の移りゆき(335)

東京人の「気づかない方言」


 関西人は、「なおす」(収納する、元に戻す)、「めぐ」(壊す)、「めげる」(壊れる)などは全国に通用する言葉のように思っている節がありますが、地域的な言葉です。一方、関西の言葉だと思っている「しんどい」(疲れた様子)などは、もはや全国共通語に組み入れられたと言ってもよいでしょう。方言を使うことと、その人の意識にはズレが生じることがあるのです。

 こんな文章がありました。


 カットだけのコースや、カラーシャンプーをするコースに混じって〈あてるコース〉というのがあります。

 この意味が何だか分かったら、おそらくあなたは関西の人か、香川県など西日本の特定地域の人です。

 正解は、パーマをかけるコースのこと。関西などの地域では、「パーマを当てる」と表現します。 …(中略)…

 方言の言い回しであることを知らずに使う人も多いのです。「気づかない方言」と言われます。

 (朝日新聞・大阪本社発行、2017年5月13日・朝刊、be3ページ、「街のB級言葉図鑑」、飯間浩明)

 特定の地域内でしか通用しないのに、全国で通用すると思って、気づかないままに使っている言葉はたくさんあります。
 けれども、東京の力が大きいですから、東京の方言は「気づかない方言」と認識されることは少なく、〈東京で使うのに、地方で使わないのがおかしい〉というような傲慢さが見られます。
 一例を挙げます。「柿の実をもぐ」とか「漬け物がしょっぱい」とか言うのは東京の「気づかない方言」ではないでしょうか。関西人にとっては、柿の実は「ちぎる」のであり、漬け物は「塩辛い」のです。
 もちろん、全国で「もぐ」や「しょっぱい」を使う地域はあちこちにあるでしょう。それは「パーマをあてる」という地域があるのと同様な現象なのです。
 平安時代に使われていた「いぬ」(去る、帰る)という動詞は、今でも関西では現役です。「よさり」(夜)や「おとがい」(顎)などという古い言葉を使うこともあります。かつての中央語であったものを、使用地域が狭まったから「方言」だと烙印を押すのは考えものです。同様に、現代東京語にないものを「方言」だ(あるいは「気づかない方言」だ)と言うのも、おかしな考え方であると思います。
 「気づかない方言」という判定は、東京人がすることではありません。地域の人自身が、そう言えばこの言葉は他の地域の人には伝わらない言葉なのだなぁと感じたときに、自分たちの使っている言葉を「気づかない方言」と認識すればよいのです。

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