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2019年3月20日 (水)

言葉の移りゆき(333)

「一生に一度」は何度でもある
 小学校の卒業式に袴姿で出席する女子児童が増えているそうです。関西では、学校や教員委員会がその対応に苦慮しているといいます。そのことを大きく取り上げた記事の中に、こんな文章がありました。
 卒業式を控えた「前撮り」。薄くメイクをしてもらった女児は「友達も皆、着物。かわいいので本番が楽しみ」と話した。母親(43)は「派手なようにも感じるが、一生に一度のことだし」と笑顔で見守った。
 (読売新聞・大阪本社発行、2019年3月12日・夕刊、3版、9ページ)
 学校教育という場にはさまざまな家庭の子どもがいます。他の人への配慮が欠如してはいけません。子どもの気持ちにブレーキをかける役割を果たすのが親であるはずですが、親が助長する側にまわってしまってはいけません。
 「一生に一度のことだ」と言われると、なるほどその通りだという気持ちになりかねません。けれども、小学校の卒業式は1度ですが、今度は中学校入学式、卒業式、高等学校入学式、卒業式……に同じ論理を振り回すかもしれません。「一生に一度」は何度でもあるのです。人生は一度限りの道を歩んでいるのですから。
 成人式や大学卒業式では晴れ着が当たり前になっているかもしれませんが、それは大人の世界のことです。小学校の卒業式に袴姿にさせて、「一生に一度」というのを論拠にしている親の考えが、子どもに伝播していくと、恐ろしいことになりかねません。

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