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2019年4月 5日 (金)

言葉の移りゆき(349)

「いつぶり」が拡大しないように


 初めて聞いた言葉が、新鮮に響くことがあります。次の記事に書かれている「いつぶり」という言葉を聞いたことはありませんが、言われてみると面白いなぁと思います。
 けれども、それを出発点にして、様々な方向へ広がっていくとしたら、ブレーキをかけるべきだろうと思います。


 「まぐれです。いつぶりだろう」。プロ野球で昨年、初本塁打を放った選手のコメントです。この「いつぶり」という言葉に違和感はありませんか。以前は若い人が使う言葉のイメージでしたが、最近では若者以外も使うようになりました。
 「いつぶり」の「ぶり」は、辞書には「《時間を表す語に付けて》それだけの時がたった後に、新たにまた、そうする(なる)ことを表す」とあります。本来「~ぶり」の「~」には経過した「時間」が入り、ピンポイントの「日時」は入りません。 …(中略)…
 「いつぶり」以外にも、「小学生ぶりのショートヘア」や「修学旅行ぶりの京都」などと使われることもあります。
 (朝日新聞・大阪本社発行、2019年3月6日・朝刊、10版、13ページ、「ことばの広場 -校閲センターから」、窪田勝之)

 「違和感はありませんか」という問いかけですが、違和感はあります。「初本塁打」とは初めてのことですから、前回がありません。「いつぶり」というのは成り立たないように思います。
 さて、本論ですが、「ぶり」という言葉は、「時間」を表す語に付けて、「特定の日時・時代など」を表す語には付けません。この原則を提示して、「いつぶり」というのは正しくないということをしっかり教えるべきでしょう。
 「いつぶり」は面白い表現だとか、文学的であるとか、若者っぽいとか、賞賛すればますます広がりかねません。
 この記事の見出しは、「柔らかさ求め 広がる誤用」となっています。この見出しには賛成です。「いつ以来」というような漢語的な表現を避けて、口頭語としての柔らかな表現を求めたのかもしれない、という意見を紹介しつつ、誤用であるとはっきり指摘しているからです。
 土曜日の紙面に連載中の「街のB級言葉図鑑」の筆者は、誤用であろうと何であろうと、これまでになかった表現を必死に探しているように感じられますが、新聞の校閲担当者としては、あるべき姿を求めていってほしいと思います。

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