« 言葉の移りゆき(352) | トップページ | 言葉の移りゆき(354) »

2019年4月 9日 (火)

言葉の移りゆき(353)

駐車場の「混」


 駐車場の入口などに「満」とか「空」とかの表示があるのを目にします。それに加えて、こんな表示もあるそうです。


 百貨店の前に立つ駐車案内の標柱。電光で〈混〉と表示されています。満車でなく、空きはあるけれど、混雑しているようですね。
 「混」は「こんでいること」だと、誰でも分かります。でも、本来は、「混」に「こむ」の意味はなかったこと、知っていましたか。
 (朝日新聞・大阪本社発行、2019年4月6日・朝刊、be3ページ、「街のB級言葉図鑑」、飯間浩明)

 この連載は、ともかく新しい表現を探し続けていると思っていましたから、「混」という文字について、こんな正統的な質問をされると、ちょっと驚きます。
 今回は、この記事の主旨とは少し違った方向のことを書きます。
 「混」の表示を見た人は、駐車させるために進んで行くでしょうか、ためらってしまうでしょうか。〈駐車させる余裕が全くない〉わけではない、ということだけは確かなようです。
 ところで、「満」と「空」という2つの表示の場合、「空」という文字は、どういうことを表しているのでしょうか。
 空(から)っぽである、という意味でしょうか。空(あ)きがある、という意味でしょうか。「空」という文字からは、ずいぶん余裕があるような感じを受けますが、「満」以外をすべて「空」と表現するのなら、「混」とほとんど変わらない場合もあるのではないでしょうか。
 「空」という言葉にはずいぶんかけ離れた意味があるのですから、それをただ1文字の「空」だけで表現するのは無理があるということを、「混」の出現で感じたしだいです。

|

« 言葉の移りゆき(352) | トップページ | 言葉の移りゆき(354) »