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2019年4月16日 (火)

言葉の移りゆき(360)

悪いのは指先です


 これまでにも書きましたように、新聞の訂正記事はすべてにわたって行われているわけではありません。致命的な間違いには訂正記事が出ますが、頬被りしてしまっていることも多いと思います。逆に、誰でも気づいているような誤りを堂々と訂正されると苦笑いをせざるを得ません。


 17日付スポーツ面「スケードボードの日本オープン・パーク大会」の記事で、「2104年ソチ、18年平昌両冬季五輪」とあるのは、「2104年ソチ、18年平昌両冬季五輪」の誤りでした。打ち間違えました。
 (朝日新聞・大阪本社発行、2019年3月19日・朝刊、13版、34ページ)

 何とも気楽な訂正記事だと思います。「書き間違えました」と書くところを「打ち間違えました」と書いています。悪いのは、指先だけですと言わんばかりの表現です。
 普通に考えれば、記事の原稿を「考えて」(あるいは「書いて」)、その後で入力するでしょう。入力するまでは間違いなく行われていて、入力段階で「打つ」ときに間違えたと言っているのです。馬鹿げたミスですから、そのように言わなければ体裁が繕えなかったのでしょう。
 けれども、それでお終いではありません。記事には当然のことですが、校閲が行われています。朝日新聞の校閲の甘さは、これまでも指摘してきましたが、この訂正記事でも、校閲者の責任には言及されてません。「打ち間違えたのを、校閲者も見逃しました」というように書くのが正確な表現でしょう。
 お粗末きわまりない訂正記事でした。

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