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2019年4月28日 (日)

言葉の移りゆき(372)

伝聞・推定に基づいて文章を展開する

 文章というものは、きちんとした根拠に基づいて論理を展開して、結論に導いていくのが正統な書き方です。
 こんな文章が書かれたコラムがありました。


 いよいよ異例の10連休が始まった。
 JTBの調査によると、国内、海外ともに旅行者数は大型連休としては最高になるという。
 旅行の平均費用は国内で3万6800円、海外で26万8000円。いずれも昨年の同時期に比べ1・5%以上多い。今年は、改元記念ツアーに参加する人や神社にお参りする人も目立つようだ。
 大型連休が消費を押し上げるのは間違いないとみられる。
 ただ、連休が終われば、節約する人が例年より増えるのではないか。休み中は多くの企業で工場が止まり、生産活動は停滞する。景気に良いことばかりではない。
 経済が微妙な局面だけに、どんな影響が出るのか、興味深い。
 (読売新聞・大阪本社発行、2019年4月27日・夕刊、3版、2ページ、「とれんど」、是枝智)

 短いコラムの、最初からほぼ半分近くの量を引用しました。
 書き出しの1段落を除けば、5段落があるのですが、その書き方に注目したいと思います。文末表現などを見ると、「…になるという。」「…も目立つようだ。」「…とみられる。」「…ではないか。」「…どんな影響が出るのか、」というような書き方になっています。
 すなわち、「…になるという。」という伝聞表現、「…も目立つようだ。」「…とみられる。」「…ではないか。」という推定表現、「…どんな影響が出るのか、」という疑問表現です。
 ここまで読み進めてきますと、筆者は何に基づいて考えようとしているのか、どのような結論を述べようとしているのかということに不安が生じてきます。
 そもそも「大型連休が消費を押し上げるのは間違いないとみられる。」という推定の根拠が示されていませんから、文章の展開に疑問が生じてしまうのです。
 この文章の筆者は論説委員だそうです。駆け出し記者が書いたものならば笑ってすませればよいのでしょうが、新聞社を代表する立場の人が書いていますから、信頼性が揺らいでしまうのです。
 このコラムの見出しは、「10連休が始まったが…」となっています。見出しからして、文章内容の方向が示されていません。
 文章の末尾は、「穏やかな気持ちで新たな時代を迎えたい。」と結ばれています。いわゆる「成り注」(成り行きが注目される)という文章の典型であるようです。
 新聞はニュース記事で成り立っているのではありません。論説や解説やコラムなどで人間の生き方や在り方などを論じて、人々に考えさせるように仕向けなければなりません。
 新聞が、しっかりした文章を提示することを放棄してしまえば、読者の新聞離れは加速していくことでしょう。

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