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2019年4月18日 (木)

言葉の移りゆき(362)

「乗り潰す」って、どうすること?

 宮脇俊三さんは、かつての国鉄の路線のすべてを乗車して、素晴らしい紀行文学を書いた人です。この人にとって、国鉄全線を「乗り潰す」ことは大きな目標でした。
 この度、三陸鉄道はJR路線の一部を受け入れて、南北リアス線を結びつけて、長大なリアス線の運行を始めました。鉄道ファンとしては、その全線の乗車を体験した人もいることでしょう。ファンのひとりである私も、全線を乗ってみたいという誘惑に駆られます。
 さて、こんな文章を読みました。


 もう何年も前、JR飯田線を乗り潰しに行ったことがある。飯田線は愛知県の豊橋駅と長野県の辰野駅を結ぶ、約200キロの長大な路線だ。山の中を延々と走り、交通の便が悪く周りに人家もないいわゆる秘境駅も点在する。
 (朝日新聞・大阪本社発行、2019年3月23日・朝刊、be7ページ、「作家の口福」、西村健)

 宮脇さんの国鉄路線「乗り潰し」のことはよくわかりますが、飯田線の「乗り潰し」というのはどういうことなのでしょうか。
 文章を読む限り、筆者は飯田線の一駅ごとに乗降を繰り返したわけではなく、単に飯田線の端から端までを乗り続けた(ただし、宿泊のために途中下車をした)ということのようです。
 長大路線ということだけで言うと、東海道新幹線はもっと長い距離ですから、例えば「こだま」で東京-新大阪を乗り続けたら、「乗り潰し」をしたことになるのでしょうか。
 「乗り潰し」というのは、何らかの目標があって、ひとつひとつの段階を経過して、最終的な目標に達するということだと思います。
 ひとつの線だけを「乗り潰す」ということはあるのでしょうか。居眠りをしていても始発駅から終着駅に達するというようなものが「乗り潰し」ではないはずです。例えば、すべての駅で乗降を繰り返すという目標があって、それを達成したら「乗り潰し」をしたことになるでしょう。
 あるいは、飯田線を含めた大きな目標があって、その一環として飯田線を乗り終えたというような場合に使うべき言葉でしょう。
 作家がこの言葉を使っているから、それでよかろうというような姿勢を持っていたのでは、新聞社としての校閲の仕事を果たしたことにはならないと思います。

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