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2019年4月25日 (木)

言葉の移りゆき(369)

テレビで描かれる人間は、現実にはありえない人間

 テレビというのは不可解な媒体です。例えば、ドラマの主人公が30年前の出来事を思い出しているような場面では、画面にはその30年前の出来事が鮮明に再現されます。本人にとってもおぼろげにしか思い出せないことを映像化してしまうのです。想像力などというものとは無縁で、即物的なのです。
 そういうこと一つだけでも、テレビは作り物に過ぎないということを人々に強く印象づけてくれます。
 テレビ番組制作者が書いた、次のような文章はその典型的なものです。


 天才的頭脳を持ちながらも好奇心旺盛、アウトロー的で親しみやすい。ITのプロだが本当の興味は犯罪者の心の奥。それを突き止めるためなら西島=明智は正体不明の半グレ集団たちとの肉弾戦も辞さない。
 (朝日新聞・大阪本社発行、2019年3月24日・朝刊、13版、23ページ、「撮影5分前」、大川武宏)

 アニメの作品ではありません。「実写」(という言葉が、最近は使われるようです)のドラマの紹介です。「天才的頭脳」「好奇心旺盛」「アウトロー的」「親しみやすい」「ITのプロ」「興味は犯罪者の心の奥」…。そんなものすべてを内に持っている人間がこの世に存在しているのでしょうか。番組の宣伝文句と考えるだけでも、非現実的な表現だと言わねばなりますまい。
 テレビは、現実的にあり得ないことを、映像化することをやっているのでしょう。そして、それができると信じているのがテレビ番組制作者というものなのでしょう。
 テレビ局という限られた世界の中で、このような制作姿勢がますます強まっていくのでしょう。謙虚さも何もかもかなぐり捨てて…。
 そんな文章を平気で載せている新聞にも問題があるように思います。

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