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2019年5月 4日 (土)

言葉の移りゆき(378)

「多幸感」という言葉

 年賀状などの挨拶で、ちょっと改まった感じで「ご多幸をお祈りします」と書くことがあります。文字通り、幸せが多いことという意味ですが、どのような内容を指すのかという具体的なイメージには乏しいと思います。全体として、幸せになってほしいというように意味なのでしょう。
 「多幸」という言葉とは別に、「多幸感」という言葉もあるようです。
 こんな文章がありました。


 大麻を使うと、多幸感というものを覚えるらしい。そして一層の多幸感を求め、より作用の強い薬物に手を出すはめになるという。
 (読売新聞・大阪本社発行、2019年4月5日・夕刊、3版、1ページ、「よみうり寸評」)

 「ご多幸」という言葉が、他の人にそうであってほしいと願うのに対して、「多幸感」とは、自分で感じることのようです。そして、「ご多幸」が漠然とした意味であるのに対して、「多幸感」は強く実感できる気持ちのようです。
 コラムの筆者も体験はしていないようですが、いわば上機嫌であるような状態、陶酔感というようなものをあらわしているようです。大麻を使っている本人にすれば、陶酔状態の「多幸感」を持つのかもしれませんが、こんな場合に「多幸感」という言葉を使うのはふさわしいのでしょうか。
 「陶酔感」というような言葉を使うのは問題ありません。大麻を使う人の心の中の状態を表しているからです。
 それに対して、大麻を使うことは、本人や周りの人にとって「幸せ」な状況ではありません。「幸」というプラスイメージを持った言葉で表現することは、大麻を認めるような気持ちにつながりはしないでしょうか。報道する側がちょっと気を付ければ、改められる表現であるように思われるのです。

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