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2019年5月 9日 (木)

言葉の移りゆき(383)

「(催し物が)開かれた」からの脱皮

 冬季オリンピックの幕が切って落とされた、国会の予算委員会が開かれた、デパートでお中元内覧会が開催された、……と、行事などを伝える新聞や放送のニュースには、「開かれた」などという受け身表現が多く使われています。まるで他人事のような書き方が広く行われているのです。
 ちょっと色合いの違う表現があると、新鮮さを感じるから不思議なものです。


①松本地方の着物愛好家でつくる実行委員会は21日、着物姿でさまざまな催しを楽しむ「キモノマルシェin松本」を松本市街地で開いた。
②松本市山と自然博物館は21日、アルプス公園(松本市)の自然の豊かさを身近に感じてもらう毎年恒例の「春の自然観察会」を園内で開いた。
③天竜川沿いに約200本のヤエザクラが植わる飯田市龍江の市道「天竜峡八重桜街道」の一帯で、地元の各種団体でつくる実行委員会が21日、第13回さくら祭りを開いた。
④25日に開幕する「信州花フェスタ」で飾る、壁などに掛けられる鉢植え「ハンギングバスケット」を作る講習会が21日、松本市神林のサンプロアルウィン会議室であった。
 (以上いずれも、信濃毎日新聞、2019年4月22日・朝刊、15ページ)

 この新聞社は、自社記者の書く記事で、「開いた」「あった」という表現を多用しています。「開かれた」「開催された」「行われた」というような表現をしないように心がけているように感じます。
 ただし、「開いた」「開催した」「行った」のような書き方をする場合は、誰が、どういう団体が、というような主体を書かないと、おかしな文章になってしまいます。その主体を書き入れることによって文章が長くなるでしょうが、実は、情報としては、その主体を書き入れることは重要なことです。
 例えば次のような、「開かれ(た)」と書く記事には、記念イベントを開いた主体が、市役所なのか市民団体なのかというようなことが書かれていないのです。


 元号が令和になった1日、篠山市は丹波篠山市に市名変更した。市内の篠山城跡三の丸広場などで記念イベントが開かれ、大勢の市民らがデカンショ総踊りや書道パフォーマンスなどで祝い合った。
 (朝日新聞・大阪本社発行、2019年5月2日・朝刊、「神戸」版、14版、15ページ、鵜飼真)

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