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2019年5月26日 (日)

言葉の移りゆき(400)

19行の中に20回も同じ言葉が出る文章


 人はどのような文章を書いても、他人から文句を言われることはありません。それが表現の自由というものでしょう。だから、以下に問題とする事柄について、その文章の筆者を批判するつもりはありません。
 昨年11月に実施された大学入学共通テストの2回目の試行調査の採点結果が、4月初めに公表されました。3問あった国語の記述式問題で、生徒の自己採点と大学入試センターの採点結果が一致しない割合が、いずれも約3割に達したことが問題視されています。
 この試行調査の国語採点結果という報道を、(朝日新聞・大阪本社発行、2019年4月5日・朝刊、13版S、19ページ)で見ましたが、まずは、出題された文章について問題を感じます。
 第1問の【文章Ⅰ】の出典は、鈴木光太郎『ヒトの心はどう進化したのか -狩猟採集生活がうんだもの』だそうです。一部表記を改めたところがある、という注記があります。
 この文章は、引用された範囲では、次のような文章で始まっています。


 ヒトは、ほかの人になにかを指し示すために指差しをする。驚く人もいるかもしれないが、これをするのはヒトだけである。

 この「指差し」という言葉には「ポインティング」という振り仮名が付けられていますが、この文章(新聞記事では19行)には、「指差し」という言葉が20回も使われています。このうち16回は「指差し」という名詞であり、4回は「指差した」という動詞+助動詞の表現です。平均すれば1行に1回ずつ「指差し」という言葉が現れる文章を、大学入試の出典にふさわしいと判断した理由が理解できません。
 筆者は、読む人にわかりやすく理解してもらうために、同じ言葉を繰り返して使っているように思われます。筆者の意図はじゅうぶんに理解できます。
 けれども、そのことによって、大学入学共通テストに使う文章にふさわしいということにはならないと思います。
 これまでの大学入試センター試験に使われた文章に比べると、実にわかりやすい文章になっています。質問も、難解なものから、易しいものになっています。その落差に驚きます。読解するための設問ではなく、表現するための設問だということが理由になるのでしょう。けれども、難解なセンター試験の過去問に慣れた受験生が、そんな馬鹿げた答え方でよかろうはずはないと思って、答え方を工夫すればするほど、答え方を誤ってしまう可能性があると思います。
 具体的なことは次回に述べることにします。

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