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2019年5月30日 (木)

言葉の移りゆき(404)

「いろいろあった」で、良いではないか


 平成の終わりに、新聞や放送は、その30年間を区切ろうとする姿勢を強く持ったように思います。30年間にわたるのですから「いろいろあった」のですが、格別なものがなくても不思議ではありません。世の中には、そんなに格別なものが満ちあふれたりはしていません。そのうえ、格別のように感じるものは、人によって異なるのです。それを無視して記事を書いてはいけないでしょう。
こんな文章がありました。


 電車内で見かけた栄養ドリンク剤の広告です。〈いろいろあった平成の30年〉。平成時代を振り返る趣旨の内容です。
 平成時代の日本は、長い不況や、2度の大震災を抜きに語ることはできません。でも、ドリンク剤の広告で、それらに触れるのは難しい。 …(中略)…
 誰もが「これ」と思う象徴的な出来事は。あまりなかった気がします。昭和の東京五輪や新幹線開業に匹敵するようなものは……。
 (朝日新聞・大阪本社発行、2019年4月27日・朝刊、be3ページ、「B級言葉図鑑」、飯間浩明)

 このコラムの見出しは「平成の明るい話題トップは」となっています。
 話題になっているのは栄養ドリンク剤の広告ですが、そのような広告でなくても、平成の30年間は、「いろいろあった」と振り返れば、それでよいではありませんか。
 明治の40余年間、大正の10数年間、昭和の60余年間、平成の30余年間に、格別の物事が散りばめられるはずはありません。令和が何年続いたとしても、そこにも格別なものが配置されるとは限りません。
 上の文章で筆者は、昭和の東京五輪や新幹線開業を象徴的な出来事と捉えていますが、多くの人がそれに同感するでしょうか。(とりわけ、若い世代の人たちは。)
 平成を振り返る記事の中で、新聞や放送が取り上げたような〈平成時代の特筆すべきこと〉にどれだけの人が同感したでしょうか。平成時代には「いろいろあった」のです。その「いろいろ」は人によって、それぞれ異なったものであったはずです。新聞や放送が、時代を振り返ることはかまいませんが、みんなが同じように考えたり感じたりしていたはずだと結論づけてはいけないと思います。
 そもそも「平成の30年間」という区切りを設けることが、良いことであるかのように感じているのは、新聞や放送の関係者だけであるのかもしれません。

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