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2019年5月29日 (水)

言葉の移りゆき(403)

「マッチョ」は正統な文章語であるか


 新聞の文章は、基本的には文章語(書き言葉)で綴られているものであると思います。その中に話し言葉、とりわけ国語辞典に掲載されていないような言葉遣いに出くわすと、違和感を覚えることがあります。
 どうしてもその言葉でなければならないような場合は別ですが、いくらでも表現の仕方があるのにと思うような場合は、嫌悪感すら感じてしまいます。
 例えば次のような文章です。


 高度成長を支えるにはタフでなければならない。浅黒い顔で声は低く、ひげが濃くて胸毛があって、みたいなマッチョこそが男だと、父は思っていた。筋肉質で足も速く病気もしなかったけれど、色白で声が高かった僕は、その範疇から外れていた。
 (朝日新聞・大阪本社発行、2019年4月27日・夕刊、3版、5ページ、「1956 太陽族」、前田安正)

 「マッチョ」という言葉に接することはありますが、正確な意味は理解できていませんから、国語辞典を引いてみました。どの辞典にも載っているような言葉ではありません。『三省堂国語辞典・第5版』に、次のように書いてありました。


 マッチョ(形動ダ)(macho) 力強くて男っぽいようす。

 「浅黒い顔で声は低く、ひげが濃くて胸毛があって」という様子が「マッチョ」という言葉の中身を表しているのなら、改めて「マッチョ」などという言葉を使う必要はありません。「マッチョこそが男だ」という表現に、辞典の説明文を代入すれば、「力強くて男っぽいようす」こそが男だ、というおかしな文になります。
 流行語、俗語、外来語を多用するのは、新聞記者にとっては望ましいことではないと思います。正統な文章語として認められたような言葉だけを使っても、言いたいことは表現できるはずです。

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