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2019年6月 1日 (土)

言葉の移りゆき(406)

「綿菓子」と「綿飴」(続き)


 この連載(391)回で、「綿菓子」と「綿飴」のことを書きました。
 朝日新聞の連載コラム「B級言葉図鑑」では、「東では『わたあめ』、西では『わたがし』という感じがします。」と結論づけて、この食べ物について、「東西で違う証拠を撮った」という見出しの記事でした。
 私は、それほど大それた区画があろうはずはないという考えで、東京に「わたがし」があっても、関西に「わたあめ」があっても、何の不思議でもないだろうと書きました。
 その後、作家・吉村昭さんのエッセイ集『人生の観察』を読みました。吉村さんは1927年の東京生まれで、2006年に没しています。「道を引返す」と題した短い文章は、雑誌『オール讀物』の1981年11月号に掲載された文章のようです。その中に、次のような表現があります。


 町の高台にある諏訪神社の例祭が毎年おこなわれ、家々の軒先に提灯が吊された。私も揃いの浴衣を尻はしょりし、鉢巻をしめ、白足袋をはいて神社にお参りに行った。夜は長い参拝路に縁日の露店が並び、人ごみにもまれながら歩く。海草のホオズキ、蜜柑飴、綿菓子、蛍、廻り燈籠などさまざまなものが、カーバイドの灯を浴びてつぎつぎに眼の前に現れてくる。
 (吉村昭『人生の観察』、2014年1月30日発行、河出書房新社。201ページ)

 東京生まれの作家が、少年時代を懐古した文章です。そこには「綿菓子」という言葉が使われています。戦後すぐの東京で「綿菓子」と呼んでいた証拠のひとつになるでしょう。東京で「綿飴」という言葉を使っていた人も多くいたでしょうが、「綿菓子」も生きていた言葉であったのでしょう。
 言葉は、目に見えるもの(写真に写せるもの)で証拠づけることも大切でしょうが、もっと大切なことは、人々の心の中に生き続けているもの、(それは、ふとした言葉遣いの中に現れ出るもの)ということであると思います。
 私自身も、旅をしながら、言葉に関する写真を撮り続けています。けれども、写真があるからという理由で、言葉の分布などを結論づけることは早計であるということを戒めながら、撮り続けています。

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