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2019年6月23日 (日)

言葉の移りゆき(428)

「作り手の『当たり前』を疑う」という姿勢④


 この話題も、今回で最終回とします。私の最も言いたいことは用語・用字の問題です。記者がきちんとした用語・用字で書いているのを、紙面に編集する際に乱れたことを行っているということです。それによって日本語を乱す働きをしていることはゆゆしき問題です。
 話題にしている文章から、引用します。


 「記事はこう書くもの」「ニュース判断はこうあるべきだ」という報道する側の常識に、記者は引っ張られがちです。新聞社が1世紀かけて編み出した流儀やコツのようなもので、締め切りに追われて新聞をつくるには便利なやり方です。
 その点、「読み手の要望」は、私たちにとって新鮮です。かつてのテレビ番組風に言えば「ここがヘンだよ」という、読者からの率直な指摘と問いかけです。
 そんな社外の声を手がかりに、朝日新聞は何を変えられるのかを問い直したい。パブリックエディターとして新聞の「当たり前」を疑ってみたい。そう思っています。
 (朝日新聞・大阪本社発行、2019年5月21日・朝刊、13版S、13ページ、「パブリックエディターから 新聞と読者のあいだで」、山之上玲子)

 ここに書かれていることにも納得します。大切なことは「社外の声を手がかりに、朝日新聞は何を変えられるのかを問い直したい。パブリックエディターとして新聞の『当たり前』を疑ってみたい」ということを、確実に実行することです。そして、その実行の様子を刻々、紙面で知らせてほしいと思います。
 用語・用字に関して、これまでにも書いてきたことなどをまとめて列挙します。

①朝日新聞は校閲部門がきちんと機能していないと、いうのが私の思いです。訂正記事にならないようなものであっても、誤りはたくさんあります。訂正記事になっているのは、大きな誤りの一部に過ぎません。用語・用字だけの訂正などはほとんど載っていません。
②記者が書いている文章では正しい言葉遣いであるのに、見出しがおかしいということが多く見られます。とりわけ、外来語の末尾をちょんぎって短い言葉に代えてしまうものが多いのです。記事を整理する人の横暴です。見出しの文字数の制約を取り払うということを考える必要があります。
③日本語をカタカナ書きする傾向が強まってきています。「ヒロシマ」のような言葉をカタカナで書くのは納得できますが、ワク(枠)、ヘン(変)などを、いとも簡単にカタカナ書きにしてしまうのはどうかと思います。
④外来語を取り入れすぎた文章も多くなっています。疑問を「クエスチョン」、娯楽を「エンタメ」などというのをはじめとして、一般の人々に十分に理解されていないような言葉まで外来語で書くのは問題です。
⑤依頼原稿がどのような言葉遣いであっても、それをそのまま載せるということは望ましいことなのでしょうか。主張していることを変更させてはいけませんが、用語・用字について執筆者と協議することは必要なことでしょう。

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