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2019年6月15日 (土)

言葉の移りゆき(420)

関西の言葉の使い方


 方言は、それを実際に使っている人でないと、その機微に触れることができないというようなところがあります。例えば、次に引用する文章には間違いはありません。けれども、細かなところになると異議がないわけではありません。


 「何さらしとんねん」。きわめて乱暴な言いかたとして大阪が舞台の映画やドラマの中で耳にすることがある。使用地域は他の関西圏や、周辺の北陸、中国・四国まで広がっているが、実際の日常会話で使う機会はあまり多くないようである。
 この「さらす」、他人がすることを卑しめて言ったり、ののしって言う時に使う。また、「死にさらせ」などのように、動詞と組み合わせれば相手をさげすんだ言い方になる。共通語で言えば「死にやがれ」といったところだ。 …(中略)…
 「なんぬかしさらしてけつかるねん!」と言うと乱暴さもMAXに達するのである。
 (読売新聞・大阪本社発行、2017年4月14日・夕刊、3版、4ページ、「方言探偵団」、篠崎晃一)

 「さらす」という言葉は、他人がすることを卑しめて言う、ののしって言う、相手をさげすんで言う、という説明は間違っていません。けれども、「共通語で言えば『死にやがれ』といったところだ」という説明には納得できません。「死にさらせ」という言葉は、「死にやがれ」というよりは、「死んでしまいやがれ」というニュアンスです。冒頭に書かれている「何さらしとんねん」は、何をしてしまったのだという感じです。
 つまり「さらす」には、その動作が完了するというような意味合いも込められているように思われます。そのような意味が込められていますから、短い言葉を発するだけで、相手に言いたいことが伝わるのです。
 「なんぬかしさらしてけつかるねん!」という例文は、じょうずに作文されていると思いますが、実際にこのように言うことはないように思います。「なんぬかしさらすねん」や「なんぬかしてけつかるねん」とは言いますが、そのあたりが限度です。
 関西の言葉は簡潔を旨としています。「なんぬかしさらしてけつかるねん!」というほど長く言葉を重ねて言うほど、のんびりしていません。前回(419)でも話題にしたように、できるだけ短くて、わかりやすくて、相手の心に伝わるような言葉を使っているのです。

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